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2025年11月11日
トレジェムバイオファーマ株式会社
歯の欠損に対する再生治療薬で歯を失うことが怖くない社会を実現する
「歯が生える薬」として注目される京都大学発ベンチャー、トレジェムバイオファーマは、歯の発生を抑えるたんぱく質USAG-1を中和する抗体医薬を開発中です。USAG-1は骨形成たんぱく質(BMP)などの働きを妨げ、歯の再生を阻害します。抗体の投与により、先天的に歯が生えない「無歯症」の人が、歯を再び形成できる可能性が示されています。インプラントなどに頼らず、自分の歯を取り戻す根治的治療薬として、上市を目指しています。取り組みと今後の展望を伺いました。(2025年10月取材)
インタビュー
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お話
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トレジェムバイオファーマ株式会社
(クリエイション・コア京都御車入居)
代表取締役社長 喜早 ほのか氏
起業、会社のおいたち
会社設立の経緯をお聞かせください
共同創業者であり当社CTOの髙橋克(以下、髙橋)は、約30年にわたり歯の再生に関する研究を行っています。親知らずを含めた通常の永久歯32本を超えて歯が生えてくる過剰歯の患者が存在することや、ワニのように何度も歯が生え変わる動物がいることから、髙橋は人間にも永久歯の次に歯の芽が存在する第三の歯の可能性について、ずっと考えていました。
2007年、髙橋の研究チームは偶然、通常よりも多くの歯を持つマウスに出会いました。「なぜ歯が多いのか?」という疑問から着想を得て調査を進めた結果、歯の形成を抑制するタンパク質であるUSAG-1の遺伝子が欠損しているマウスに、過剰歯が形成されることを発見ました。この成果は研究論文として発表されました。
一方、私自身は中学2年生のときに顎の骨の病気を患い、奥歯を失いました。治療を受けたのは京都大学医学部附属病院で、病巣の大きさから当初は口の外側から切開する手術方法を説明されましたが、当時の先生は工夫をこらし、口腔内のみで処置を行うことで顔に傷を残すことなく手術を成功させてくださいました。その経験から、担当してくださった先生に強く憧れ、口腔外科医を志すようになりました。そして同時に、「なぜ人間の歯は永久歯で終わってしまうのだろう?」という漠然とした疑問が芽生えました。
その後、2006年に京都大学医学部附属病院の歯科研修医を経て2008年に京都大学大学院の口腔外科に進学しました。そこで、歯の再生研究を行っている髙橋に出会いました。
2015年、髙橋らの研究チームは「USAG-1を薬で抑制できれば、歯を生やす薬になるのではないか」との仮説を立て、AMED創薬ブースター(創薬総合支援事業)に応募しました。その結果、『希少疾患・先天性無歯症治療薬の開発研究』として採択されました。
AMEDの開発研究は2018年3月に終了となりましたが、同年4月には、抗体を注射したマウスに歯が生えたことを確認できました。この成果をもって、京都大学発ベンチャー支援インキュベーションプログラムへ応募し、採択されました。
年間3,000万円の研究費を2年間にわたり受け、非臨床試験を進めました。スンクス、フェレット、イヌに対して抗USAG-1中和抗体を単回投与した結果、いずれの動物においても歯が生える効果を確認することができました。
この成果を受けて、いよいよ抗体の製造段階へと進むことになりました。しかし、さらなる研究には多額の資金が必要となるため、起業を決意し、2020年5月にトレジェムバイオファーマ株式会社を設立いたしました。
喜早さん自身、起業が初めての経験ということで。どういった経緯だったのでしょうか
髙橋が京都大学医学部附属病院から大阪の北野病院へ異動することが決まり、研究チームとして活動を継続するには時間的な制約がありました。外部の起業家と連携するという選択肢も考えられましたが、研究内容をある程度理解し、そして何よりもこの研究を本気で信じて最後までやり抜いてくれる人がいるのかと考えたときに、「私がやります」と自分で手を挙げました。
決断の際は、すごく悩みました。口腔外科医としての道を歩めば、安定した将来もあったかもしれません。しかし、私自身がこの研究の可能性を初めて目の当たりにし、そして何よりも「歯が生えてくる薬」を患者さんに届けたいという強い想いがあり、決断にいたりました。
事業の展開と現在
御社の技術を教えてください
歯胚の成長には骨形成タンパクであるBMPが必要ですが、USAG-1という分子はBMPを阻害する働きがあり、これにより歯胚の成長が抑制されています。
そこで、弊社はUSAG-1のはたらきを抑える「抗USAG-1抗体」を開発しました。これを投与することで、歯胚の成長を止めず、新しい歯を成長させることができます。
現在の臨床試験の進捗はどのようになっているでしょうか
2024年10月より、第1相臨床試験を開始しました。安全性を確認するための試験です。第1相臨床試験の対象者は、当初は健康な成人男性を予定していました。しかし、健常者に歯が生えてしまう可能性を考慮し、対象を臼歯が1本以上欠損している30歳から65歳の男性へと変更しました。
2025年9月には最後の被験者のデータ回収を完了し、現在は解析を進めている段階です。現時点では有害事象の報告はなく、試験は順調に進行しています。試験結果の報告書の提出は2026年5月頃を予定しています。
歯生え薬は世界で初めての研究開発ということですが
歯そのものが生えるという技術は、現時点では弊社のみが実現しています。抗体という医薬品は、標的(ターゲット)が明確であるため、低分子化合物のように予期せぬ部位に作用するリスクが少なく、標的に対する作用の再現性が高いという特徴があります。広い意味では「再生医療」ではありますが、もともと存在する歯の芽を活性化させて歯を生やすという点において、狭い意味での「再生」とは少し異なる弊社ならではのアプローチかと思います。
そしてこれから
今後の展開について教えてください
今後のフェーズ2では、先天性無歯症の患者を対象とした試験を計画しています。希少疾患であるため、通常のように大規模患者群を対象とするフェーズ3の実施については当局への相談が必要だと考えています。
歯が生えてくるところまで確認ができて承認となると、5,6年はかかってしまうので、歯の芽を画像診断で評価する「サロゲートエンドポイント(代替評価指標)」の承認をFDA(米国食品医薬品局)およびPMDA(独立行政法人医薬品医療機器総合機構)に求めていく予定です。
2025年11月にFDAと、2026年1月にはPMDAとの面談を予定しています。まずFDAに相談し、その反応がPMDAの判断にも影響を与えると考えています。前例のない医薬品であるため、当局に治験のロードマップを承認してもらえるかどうかが、事業の時間軸を左右する重要な課題となっています。
将来的には事故等による後天的な歯の欠損患者にも第三の歯を展開していくのでしょうか
早ければ2027年頃から、「第三の歯」に関する局所的な治験が開始できる可能性があります。すでに弊社のホームページを通じて、「御社の薬はいつできますか?」というお問い合わせをいただくこともあり、患者さんの期待の高さを感じています。
「もうダメだと思っていた歯が生えてくる」というのは、患者さんにとって非常にうれしいことだと思います。ただし、先天性無歯症のような希少疾患の患者さんには、現時点で有効な治療法がほとんど存在しない一方で、後天的な歯の欠損に対しては、インプラントなど既存の治療法が確立されています。
現状、インプラントをすでに装着している場合、それを取り外すには大がかりな手術が必要となるため、そのまま使用を継続する方が望ましいケースもあります。どの治療法を選択するかは、歯科医師と患者さんが相談のうえ、個々の状況に応じて判断されるべきと考えています。
インキュベーションの利用
入居のきっかけ、入居してよかったこと
もともと利用していたインキュベーション施設は、レンタルスペースのような形態で、専用の部屋はなく、ポストがあるだけの環境でした。事業の成長に伴い、会議や打合せの機会が増え、「自分たちのスペースが必要だ」と感じていたところ、京都高度技術研究所(ASTEM)様からこの施設をご紹介いただき、エントリーしました。
入居前から期待していた通り、アクセスの良さや、高いセキュリティ環境に加え、他のスタートアップ企業との交流の機会にも恵まれ、多くのメリットを実感しています。
当初は1部屋でのスタートでしたが、事業の拡大に伴い、当社の人員も入居時の3名から13名に増加しました。2025年3月には、もう1部屋を追加でお借りすることができました。
今後インキュベーション施設を利用する方へのメッセージ
この施設には、「イノベーションを起こしたい」という同じ志を持つ方々が集まっており、非常に活気のある環境です。ぜひ積極的に活用していただければと思います。
当社の場合、例えば、入居企業の一つである株式会社リージョナルフィッシュさんは、魚の遺伝子研究を行っている企業です。「魚同士が嚙み合って傷つけることがあるけれど、歯を生やすのとは逆に、歯をなくす薬はないのか?」といった会話から、スタートアップ同士の情報交換まで、日々の交流の中で得られる知見を非常に多く、刺激を受けることも少なくありません。
会社情報
会社名 |
|
|---|---|
代表取締役社長 |
喜早 ほのか |
所在地 |
京都市上京区河原町通今出川下る梶井町448-5 |
事業概要 |
歯数制御による歯の再生治療薬の開発 |
会社略歴
2015年4月 |
髙橋克氏が日本医療研究機構(以下、AMED)創薬ブースターに採択される。 |
|---|---|
2018年9月 |
髙橋克氏、喜早ほのか氏が京都大学発ベンチャー支援インキュベーションプログラムに採択される。 |
2020年5月 |
トレジェムバイオファーマ株式会社を設立 |
2022年4月 |
髙橋克氏がAMED難治性疾患実用化研究事業に採択される。 |
2022年9月 |
髙橋克氏がAMED橋渡し研究プログラム(シリーズB)に採択される。 |
2024年6月 |
AMED令和6年度「創業ベンチャーエコシステム強化事業(創薬ベンチャー公募)(第4回)に実施機関として採択。 |
2024年10月 |
先天性無歯症治療薬として、ヒト化抗USAG-1抗体TRG035の臨床第1相試験開始 |
2025年9月 |
重症型先天性部分無歯症に対する抗USAG-1抗体「TRG035」、厚生労働省より希少疾病用医薬品に指定 |
担当マネージャーからのコメント
トレジェムバイオファーマ(株)は、自分の歯の再生を促す抗体医薬品「歯生え薬」の開発を行っています。この歯生え薬は、京都大学発の世界的にも画期的な治療法です。共同創業者の髙橋克CTOの長年の研究成果をもとに、2020年5月に当時研究員だった喜早ほのか代表取締役が創業し、当施設には2021年3月から入居しています。入居時は喜早社長も含め3名でスタートしましたが、現在は13名のスタッフで運営しています。入居後は着実に資金調達を実行し、2025年に京都大学附属病院での第1相臨床試験も完了し、2026年には第2相試験も予定されています。また、その社会実装への期待からJ-Startupの認定をはじめ多くの賞を受賞され、喜早社長は女性起業家としても注目されています。
今後は、海外治験も予定されており、世界の人々の健康で豊かな“歯を失うことが怖くない社会”の実現に向けて、さらなる同社の発展を期待しています。