全国のインキュベーション施設
2024年9月30日
MUSVI株式会社
離れた相手でも同じ空間にいる感覚でコミュニケーションできるシステム、「どこでもドア」の実現へ
縦型「4K」ディスプレイに相手を等身大で映し、離れた場所にいても同じ空間にいるような感覚でコミュニケーションできるシステム。ながさき出島インキュベータに入居するMUSVIはこれを「窓」と呼び、大企業で20年以上かけて培った技術を駆使し、離れた人でも瞬時に会いに行ける、漫画「ドラえもん」の「どこでもドア」のような世界の実現を目指します。同社代表取締役の阪井祐介氏に、その技術の特徴と今後の展開について伺いました。(2024年8月取材)
インタビュー
お話 MUSVI株式会社(ながさき出島インキュベータ(D-FLAG)入居)
代表取締役 阪井 祐介氏
起業、会社のおいたち
会社設立の経緯をお聞かせください
私は、離れた場所にいてもあたかも同じ空間にいるような自然なコミュニケーションを実現するテレプレゼンスシステム「窓」の研究を、ソニーで20年以上続けてきました。オフィスや教育、医療の現場などで、「窓」が役立つ事例が研究の枠では受け止めきれないぐらいに増えてきたため、2019年にソニーのグループ会社内に事業を行うための部門を作りました。1人で事業部長や営業をこなしていたのですが、2020年になると「新型コロナ」で人と人の接触が制限され、離れていてもリアルに会える「窓」の重要性が一層増すことになります。
そうした中、不思議なご縁も重なって「窓」を世の中に広めるために、2022年にソニーを辞め、MUSVIを創業しました。
大企業よりスタートアップの方が、事業を進める上でメリットがあったということでしょうか
大企業か、スタートアップかという二者択一ということではありません。スタートアップは、複雑な決裁プロセスがない分、事業を進めるスピード感が格段に違いますが、資金や人などのリソースについては大企業に大きな強みがあります。MUSVIは、私自身がソニーで長年研究開発や事業化を続けてきたこともあって、1人で創業を決めてから、5人ものエンジニアがソニーを辞めて一緒に事業立ち上げに参画してくれたり、ソニーから私が出願した特許や技術ライセンスをMUSVIに供与してくれたり、さらには出資をいただいたりと、これまでの日本のスタートアップでは前例がないような応援をしていただいたおかげで、大企業とスタートアップの強みを組み合わせたような新しい形をつくらせてもらえたと思っています。
事業の展開と現在
御社の「窓」は、技術的にどのような特徴があるのでしょうか
基本的な考え方として、単にシステム仕様の数値の高さを競うのではなく、感性に訴える方向を目指しています。例えばきれいな画像を映すためにディスプレイの解像度を必要以上に増やすのではなく、「4K」の縦型ディスプレイに等身大の相手や周辺の奥行き空間を映したり、カメラの位置を工夫して視線が合った状態で会話ができるようにしたりすることで、実際に会っているような感覚を生みます。また、ほかのWeb会議システムでは双方向で同時に会話するとエコーやハウリングなどの雑音が生じてしまうことがありますが、「窓」ではソニー独自のステレオエコーキャンセル技術を導入することでその問題を解消し、自然な同時通話を実現しています。
もう一つ、人が脳の中で相手をどう認識しているかという、認知心理学的なアプローチで開発を進めている点です。これまでのWeb会議システムでは、複数の人で「飲み会」をやっても思ったほどには楽しくなかったり、意見交換会でも実際に会って議論するようには盛り上がらなかったりする場面が多かったかと思います。なぜそうなってしまうのかを、人の気配を感じる認知に注目し、個々の要素に分解してその仕組みを解明することで、実際に会って話すのと同じ状況を再現しようとしています。
実際にこの長崎にある「窓」の向こうに見える渋谷のオフィスのメンバーと対話をすると、本当にそこに人が立っているように体感したり、離れた先の雰囲気が伝わってくるような感覚になったりします。「窓」を導入したある介護施設では、コロナ禍で半年以上面会ができなかった娘さんが「窓」で入居しているお母さんと会った時に、思わず抱きついて泣き出すという、われわれの想像を超えるようなことが起きたりします。
「窓」の具体的な応用事例について、教えてください
一例として、遠隔医療サービスへの応用があります。看護師を乗せた遠隔診療カーに「窓」を搭載し、病院に行けない高齢者の方の自宅まで出向き、「窓」でつないで医師が往診を行います。実際に仙台市での実証実験や長崎県上五島での検討なども進んでおり、離れた場所でも医師が患者の顔色や様子を見ながら適切に診察できることから、患者さんに喜んでいただいています。
また、最近、増えているのが企業のオフィス・現場での利用です。例えば、大手の建設会社の事例では、工事現場の事務所と詰所、さらに本社との間で様々な報告や判断を仰ぐことが日々行われます。「窓」をそれぞれの場所に置くことで、離れた場所でも移動せずにリアルタイムで対面のコミュニケーションが可能になります。移動コストを削減するだけでなく、頻繁にやり取りできるようになるので、コミュニケーション不足によるリスクの低減にもつながるわけです。こうした現場支援のニーズは小売りや金融などほかの業界にもあり、今後も伸びていく分野だと期待しています。
そのほか、セミナーなどのイベントでの利用にも可能性を感じています。社会活動や起業をする人などを集めて「機運を醸成する」といった企画では、普段あまり付き合いのない人同士で一体感を生むことが重要ですが、そのような使い方に「窓」はぴったりだと思います。
そしてこれから
これから「窓」は、どのように進化するのでしょうか
仮想空間の中に「窓」の空間をつなげ、リアルとバーチャルを融合させると面白い使い方ができると考えています。「窓」でリアルにつながる空間同士を仮想空間の中に配置していくことで、離れていても家族や仲間、同僚といった「つながっていたい人たち」の気配を感じることができます。好きな場所を選べば、瞬間的に移動して、そこにいる人と会話する、といったことができるようになります。
まさに「ドラえもん」に登場する「どこでもドア」の世界ですね
それを実現するためには、リアルとバーチャルの統合に向けて、さらに技術やサービスを磨いていく必要があると思っています。通常、人は様々なバランスを見て、事象が実際にそこで起きているか否かを判断します。例えば、「窓」の向こう側の声と映像の口の動きが少しでもずれると、途端にバランスが崩れて違和感が生じるため、映像より音を少し遅らせて口に合わせる処理をしています。また、ヘッドマウントディスプレイなどのデバイスを装着することも、違和感をもたらす要因となります。仮想空間の中でリアリティを上げるためには、こうしたバランスを崩さないための配慮や工夫が重要となります。
中小機構インキュベーションとの関わり
入居のきっかけ、入居してよかったこと
長崎県産業労働部新産業創造課が進めるスタートアップ支援のプロジェクトで、長崎大学情報データ科学部の高田英明教授と共同研究の機会があり、その拠点としてながさき出島インキュベータ(D-FLAG)を紹介していただきました。実際に伺ってみたらとても素敵な場所だったので、入居を決めました。長崎に足場ができ、自分たちも働きやすくなり、地元の企業や大学、自治体の人と会う機会が多くありました。施設のスタッフがとても明るく、色々声を掛けていただけるのでとても助かっています。
今後インキュベーション施設を利用する方へのメッセージ
長崎は様々な文化が混ざり、新しいことをやりたい人に対しても歓迎する気質があり、改めて魅力的で面白い場所だと思います。そういう長崎でチャレンジをしようとした時にいきなり何も足がかりないよりも、インキュベーション施設を介して色々な人とつないでもらうことはとても有効です。
会社情報
会社名 |
|
---|---|
代表取締役 |
阪井 祐介 |
所在地 |
<本社> |
事業概要 |
テレプレゼンスシステム「窓」の開発・販売及びコンサルティング等 |
会社略歴
2022年1月 |
MUSVI株式会社を設立 |
---|---|
2022年9月 |
事業の本格開始 |
2022年10月 |
「CEATEC 2022」パートナーズ部門 グランプリ受賞 |
2023年10月 |
長崎県新規ビジネス創出支援事業に認定 |
2024年1月 |
ながさき出島インキュベータ(D-FLAG)に入居 |
2024年5月 |
日本政策金融公庫より資本性劣後ローンによる資金調達を実施 |
担当マネージャーからのコメント
発想の原点は、「どこでもドア」だったというMUSVIの阪井祐介代表。2024年1月、D-FLAGに入居された際、私が「阪井社長」と呼ぶと、ソニー出身者らしく「『社長』ではなく、『さん付け』でお願いします!」とさわやかな笑顔で返されたことを覚えています。同社開発の「窓」は、距離の制約を越え、相手が目の前にいるような臨場感と、同じ空間にいるような気配まで感じさせる次世代コミュニケーション装置です。そのクオリティの高さは、「窓」を体験すれば1秒でわかります。しかしこの1秒の裏に、開発を続けてこられた20年の技術と想いがあるわけです。
「窓」の利用範囲は無限大です。「窓」同士がつながることで、世界をつなぐメディアにもなり得ます。業種や分野を問わず、今後もつながりがもたらす価値を世界中で創造していってほしいと思います。私たちはその進化のお手伝いができることにワクワクしています。