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2025年1月9日
株式会社人機一体(立命館大学BKCインキュベータ卒業)
力制御技術でロボットを巧みに操作、「フィジカルな苦役のない世界」を目指す
鉄道設備などのインフラメンテナンスにおいては、多くの危険作業を人手で行っていました。立命館大学BKCインキュべータ卒業企業の人機一体は、独自の力制御技術を駆使し、人が巧みに操るロボットに作業させることで「あまねく世界からフィジカルな苦役を無用とする」ことを目指します。同社の代表取締役であり、技術開発を主導した金岡博士に 、そのロボットの実用化に至る経緯と将来展望について伺いました。(2024年12月取材)
インタビュー
お話 株式会社人機一体 (2019年11月 立命館大学BKCインキュベータ卒業)
代表取締役 金岡博士
起業、会社のおいたち
会社設立の経緯をお聞かせください
大きなキッカケとなったのが、東日本大震災で起きた福島第一原子力発電所の事故です。当時、立命館大学でロボット工学の研究をしていましたが、こうした災害事故現場でこそロボットが生かされるべきだったのに、実際は期待されるほどには役に立たないことが白日の下にさらされ、とても悔しい思いをしました。技術的には可能であっても、現場で実稼働できるロボットがなかったのです。大学の研究者として論文を積み上げて成果を上げてもロボットが世の中に普及しない、だったらロボット工学技術を社会実装する道を選ぶべきではないかと、起業を決意しました。
「人機一体」はユニークな社名ですね
ロボットを使って人の能力を高めたいというのが元々の発想としてあります。「超人」や「超能力」などの表現がありますが、先端ロボット工学技術を使い、ビジネスとしてうまく回すことで実現しようというわけです。人と機械、そのほかの様々なものとの相乗効果(シナジー)を生むことが大事だという考え方から、社名は最初、「マンマシンシナジーエフェクタズ」でした。しかし長くて覚えてもらえなかったので、人が馬を巧みに乗りこなす「人馬一体」の「馬」を機械の「機」に置き換えた「人機一体」という、日本語のわかりやすい名前に変更しました。
事業の展開と現在
御社のコアとなる技術について教えてください
特徴的な技術として、ロボットが外界の力をうまく操る「力・トルク制御」と、人がロボットをうまく操る「パワー増幅バイラテラル制御」があります。これらはロボットの力を制御しながら人が巧みに操ることができるようにする技術ですが、私たちのほかに実用化した例は見当たりません。一般的に使われる産業用ロボットは、位置や速度を制御しており、決められた動きの反復運動は得意ですが、未知の環境下で物を動かすことには適していません。実は人の場合、物の位置が正確に分からなくても、何となく手を動かし、何かに触ったら反力を感じて物の存在を認識するという力制御をやっています。私たちの技術を使えばロボットでそれと同様のことが実現できます。高所など人が直接行くには危険な場所、初めて行く現場であっても、遠隔操作で人の代わりにロボットが作業を行うことができるようになります。
こうした力制御技術の基本的な部分は立命館大学で培いましたが、人がロボットを遠隔で操作するコックピット(操縦室)など、ハードウエア周りの構造は耐久性も考えてきちんと設計する必要があり、会社を立ち上げてから開発しました。
実用化した事例としてどのようなものがありますか
鉄道路線のメンテナンス用に西日本旅客鉄道(JR西日本)、日本信号と共同開発した「多機能鉄道重機」があります。高所作業車には昇降・伸縮するクレーンブームがあり、その先端に力制御技術を導入した人型上半身ロボットが取り付けられています。地上の操縦室に乗った人がロボットを遠隔操作して高所作業を行うものです。落下や感電などのリスクがある高所に人が上る必要がなくなり、ロボットは人より大きな力を発揮できるので省力化・省人化にも貢献できます。
鉄道路線のメンテナンスは通常、電車が走らない夜中に行っているのですが、人手での高所での重作業・危険作業が残っていました。作業員の高齢化が進み、新たに人も集まりづらい状況であり、なんとか機械化できないかというのが長年の課題でした。大手メーカーにその話を持ち掛けても既存の発想では専用ロボットを作るしかなく、多種多様な作業に対応させるには多額な費用がかかってしまうという問題がありました。かといって汎用ロボットは誰も作ろうとしなかった、そこで私たちに声がかかったのです。
製品開発に当たり、日本信号にメーカーとなって製品化してもらうように、JR西日本から働きかけていただきました。私たちはロボット工学技術の知的財産を使ってJR西日本のニーズに合うソリューションを提供し、試作機まで作りますが、製品までは作らないというスタンスです。大学に在籍していた時にも経験しましたが、技術があるからといってメーカーに直接アプローチしても、相手にしてもらうことは難しい、一方でユーザーが具体的な用途で欲しいと言えば、メーカーは作る気になるわけです。このようなユーザー主導でメーカーを巻き込むスキームは、ほかの分野にも応用が可能であり、実際に様々な企業とプロジェクトを組み始めています。
そしてこれから
今後の展開について、教えてください
鉄道分野の成功事例をほかの分野にも横展開していきます。例えば電力や土木、道路などのインフラメンテナンスでも、危険作業の現場では人からロボットへの代替が必要とされており、そこに向けた開発を進めていきます。また、二次的災害の危険性があったり、人が生存できない環境下にあったりするところでも私たちのロボット工学技術を有効活用できる機会があります。
そのように適用範囲を拡大するための仕組みも必要ですね
力制御を必要とする作業は、クレーンを使うような空間的な場所だけでなく、パワーショベルを使うような平面的な場所があったり、動きも回転運動や並進駆動を利用するものがあったりします。そのような様々な場所や動きに適応できるように要素をユニット化します。これらを組みわせることで、高所作業だけでなく、水中作業、精密土木作業、廃棄物処理など様々な用途に対応できるプラットフォームを構築します。パソコンは様々な情報処理を汎用的に行えますが、ロボットでも似たようなことを実現しようというわけです。
私たちは当面、知財とソリューションを提供することに徹し、製品化するメーカーや利用するユーザーと組むことで開発を進めますが、それだけでは広がりに限界があります。そこで様々な用途に使える汎用ロボットを資産として保有する運用企業が間に入るRaaS(Robotics as a Service)の導入を検討しています。その運用企業が定額制のサブスクリプションサービスを提供することでユーザーは使用料を払うだけでロボットを使うことができ、初期費用だけでなくメンテナンスやオペレータ育成などの負担も抑えられます。運用企業が持つロボットは様々なユーザーの用途に使い回せるので回転率が高く、ビジネスとして成り立つわけです。私たちは将来的に子会社を運用企業とすることで関わりたいと思っています。そのようにしてロボットを普及させることで、これまで生身の人間が行っていた様々な「苦役」を無用とする世界を創ることを目指します。
インキュベーションの利用
入居のきっかけ、入居してよかったこと
当初、立命館大学が管理する「テクノコンプレクス」の研究室を借りていたのですが、近隣に適度なスペースを適度な費用で借りられる立命館大学BKCインキュベータができたので入居を決めました。当時は会社を立ち上げたばかりで、技術はあっても、どのようなビジネスをするのか明確ではありませんでした。そのような時期にインキュベータに入ることで、大学の中の落ち着いた環境で、じっくりと事業の方向性について考えることができました。元教員としては、通い慣れた大学とのつながりを維持できたこともプラスでしたし、職員の皆様からの温かいサポートが受けられて、精神的負荷の強いシード期のスタートアップとしては本当に助けられました。
今後インキュベーション施設を利用する方へのメッセージ
起業すること自体、想像していた以上に辛いので、正直あまりお勧めはしませんが、それでもやろうという覚悟ができている人にとって、インキュベーション施設はとても助けになってくれる存在と言えます。ぜひ入居を検討していただければと思います。
会社情報
会社名 |
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代表取締役 |
金岡博士 |
所在地 |
本社:滋賀県草津市青地町648-1 |
事業概要 |
先端ロボット工学技術に基づく新規事業開発支援のための知的財産活用サービス |
会社略歴
2007年10月 |
立命館大学発「マンマシンシナジーエフェクタズ株式会社」を設立 |
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2010年 3月 |
マスタスレーブシステムに適した「力順送型バイラテラル制御」を発明 |
2015年10月 |
商号を「株式会社人機一体」に変更 |
2018年 6月 |
本社を立命館大学BKCインキュベータから滋賀県草津市の新社屋に移転 |
2020年 1月 |
課題解決型サブスクリプションサービス「人機プラットフォーム」を開始 |
2022年 5月 |
西日本旅客鉄道(JR西日本)の草津訓練線で実証試験を開始 |
2024年 7月 |
JR西日本、日本信号と共同開発した汎用人型重機が鉄道営業線で実用化 |