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2023年12月6日
Blue Practice株式会社

人の血管の感触を再現する素材と負荷を定量化するセンサーを融合、熟練技の効率的な習得に道を開く

Blue Practice

人の血管に細い管を通して行う「カテーテル治療」では、熟練の手技が必要なことから治療できる医師が足りず、経験の浅い医師でもその手技を効率的に習得できる方法が求められていました。T-Bizに入居するBlue Practiceは、東北大学で培われた素材技術とセンサー技術を融合することで、人の血管の感触を再現し、負荷を定量化して、習熟度を向上させることを目的としてその課題を解決しました。その技術の特徴と今後のビジネス展開について伺いました。(2023年9月取材)

インタビュー

お話
Blue Practice株式会社(東北大学連携ビジネスインキュベータ(T-Biz)入居)
代表取締役 鈴木 宏治 氏

起業、会社のおいたち

会社設立の経緯をお聞かせください。

鈴木 宏治  代表取締役

2016年に内閣府が推進する「革新的研究開発推進プログラム(ImPACT)」というプロジェクトがあり、そこで人の体を再現するバイオニックヒューマノイドの開発が行われていました。東北大学の太田信教授、芳賀洋一教授が当初から参画し、人の血管を担当されていました。2019年に、成果が出たので事業化しようという話が出て、東北大学ベンチャーパートナーズ(THVP)などが連携し、実際に起業するために経営者を探す中で私にお声掛けいただきました。先生方ともディスカッションさせていただき、とても面白い内容なのでぜひやりましょうとなったのがきっかけです。

私はもともとIT業界の出身です。ITと医療分野の融合部分はオープンイノベーションの塊で、それまでの経験が生かせると思いました。以前から医療分野には興味があり、ITの仕事をしながら大学に行き直したときのテーマの一つが医療ビジネスや医療システムだったこともあって、医療関係の方々とも接点を持つようになりました。

御社の技術を最初に見た時にどのような印象を持ちましたか。

医療というのは最も失敗が許されない分野である一方で、あらゆる技術はいろいろな試行錯誤や失敗を繰り返して進化していく側面もあります。医療を進化させるには、失敗しても許されるもの、シミュレーションに使えるものが必要で、当社の生体モデルは潜在的に可能性を秘めた技術だと直感しました。

事業の展開と現在

御社の血管モデルの特徴について教えてください。

従来の血管モデルのほとんどは、シリコン製でありオペレーションの手順を確認するための用途に限られていました。そこで使われた血管モデルは人のものとは触った感じが全く違うことから浸透しませんでした。形だけでなく、感触まで再現できたら、用途は大きく広がります。その感触を再現できたのが、当社の血管モデルです。

従来の血管モデルは滑りがよくないので、石鹸水のようなものを入れて、滑りを改善しようとしますが、それでも感触は固いままです。多くの医師が従来の血管モデルに対して、「試験管の中にカテーテルを入れているようだ」という感想を漏らします。

カテーテル治療はモニターを見ながら行うので、医師が扱った時の感触がとても大事です。人の血管と同じ柔らかさ、滑り感を出すことが重要であり、当社の製品は人の血管にかなり近似させています。それまでは単に手順を確認するだけだったのが、感覚を身につける訓練が行えるようになります。実際に体を使って、そのような人に近い感触で繰り返し練習できるようになると、トレーニングのレベルも変わってきます。

感触に関しては、素材技術によるところが大きいですね。

太田教授が10数年かけて研究されてきたPVA-H(ポリビニルアルコール ハイドロゲル)を採用しました。PVA-Hはもともと工業製品に使われる素材として知られていましたが、シリコンに比べて造形しにくく、緻密な形状を再現しにくいという難しさがありました。さらに、保存しにくいという問題もありました。水につけておくとか、冷凍庫に入れておく必要があり、現場の医師に使ってもらうには少しやっかいなものでした。

造形性については、会社を設立するタイミングでほぼ解決できていましたが、保存性の課題については会社設立後に取り組みました。PVA-Hの長所を残しながら、常温で机の上に置いておけるパッケージ技法を見つけることによってその弱点を克服し、製品化にこぎつけました。

センサーを組み込んだという特徴もありますね。

人体の感触を再現した脳血管モデル

それがもう一つの大きな特徴です。芳賀教授は、医療用の微小なマイクロセンサーのエキスパートです。この血管モデルをモノとして使うだけでしたら、用途も限られてしまいます。上手と言われる医師がどのような力加減でやっているか、見えていませんでした。センサーを組み込むことで、カテーテル治療のオペレーションの力加減を可視化できます。

実は、センサーを組み込むこと自体はシンプルなことから、どこも思いついていました。ただ、それを従来のシリコン製血管モデルに組み込んだところで、力学的な特性が人の血管とかけ離れているので、測定値には意味がなくなってしまう。血管モデルが人の血管の物理的な力学特性を再現したからこそ、測定値に価値が出るというわけです。

当社の血管モデルで計測すると、医師が血管にかける力の負荷がリアルタイムに可視化され、上手か下手かがある程度評価できます。熟練医と若い医師が行った場合、データ特性に差ができ、何をもって上手と言えるかかが見えてきます。

さらに、同じ医師が違うメーカーのカテーテルを使用すると、同じ力加減でも数値が変わります。これがデバイスの性能評価という用途を生みました。実際に、当社の製品を高く評価しているのは医療機器メーカーに多く、自社製品の評価で使用するというケースが増えています。

今まで医療現場で使うデバイス評価は、複数社の製品の型番を隠して試す「ブラインドテスト」という、医師の感覚に依存した方法でした。そこでは専門医でもばらつきがあり、その評価方法には限界がありました。数値的に性能を可視化できれば、説得力が違います。特に新興企業には、性能を正当に評価される可能性が高まるということから、興味を持ってもらっています。

実際に上手か下手かはデータからどのように判断するのでしょうか。

まず、血管にかかる負荷です。カテーテル治療では血管が微小に歪みますが、その歪みをセンサーがリアルタイムで計測します。一見うまく治療が終わったようでも、途中で血管に傷をつけてしまうと、それが治療後合併症のリスクになります。そのために、血管にいかに余分な負荷をかけないようにするかが重要となります。例えば、経験が豊富な医師が、力をこれ以上かけるとよくないと思っている値を血管モデルで計測します。その平均値が分かれば、ほかの医師がその値を何回超えたかで点数化ができます。

次に、患部に到達するまでの所要時間です。いかに短時間で到達できるかが指標となります。カテーテル治療はX線透視下で行うため、できるだけ短時間で被爆量を抑えながら治療を終えられるか、というのも重要な因子となります。

最近では、熟練の医師の力のかけ方のパターンを教師データとし、それに対して若手の医師とどのくらいギャップがあるかを統計的にアルゴリズム化し、取得データ波形を分析する機能を作ろうと取り組んでいます。それを人工知能(AI)と組み合わせることで、余分な力加減についてアラートを出すこともできるようになります。

これまでの医療トレーニングでは、手技をひたすら練習した後に熟練の先生の横に立って見ながら覚え、たまに少しやらせてもらうということを繰り返して経験を積むしかありませんでした。これでは時間がかかってしまいます。一方、患者側も上手な医師にやってもらいたいので、未熟な医師は経験が積めないという悪循環が実際に起こっています。カテーテル治療は、治療できる先生が圧倒的に足りず、診断後1~2カ月は待たされるのが普通です。治療できる先生を増やすためには、効率の良いトレーニング訓練が必要なのです。人に近い感触でデータを見ながら熟練医の数値を目標にした練習が可能になれば、そうした状況を打破できます。

どのようなところに導入実績がありますか。

製品として、トレーニングモデルの「ORTA(2021年4月リリース)」、センサー組み込み型の「BIS-ORTA(2022年3月リリース)」があります。導入先は、医療機器メーカー、大学病院、研究機関の3系統があります。売り上げが最も多いのが医療機器メーカーで60~70%を占めます。最初は開発部門が性能評価に使っていましたが、全く想定していなかった用途として、営業部門の担当者が当社の血管モデルを病院に持ち込み、デモンストレーションや性能チェックに利用しています。当社の製品は脳血管のブロック、心臓血管のブロックといった形で販売していることから、コンパクトで持ち運びがしやすいのです。

そして、これから

今後の製品展開として、どのようなものを考えていますか。

バリエーションという意味では、まだ不足しています。脳血管の先生と早い段階でつながりを持った経緯から、脳血管モデルについては自信がありますが、大学病院などで行われている治療数を考えると、心臓周辺など循環器系が多く、最近では下肢の動脈瘤を治療したりするケースが増えています。症例数が多く出ている部分については、形状のバリエーションを補っていく必要があります。

あとは、年齢や症例による感触の違いも再現できるようにすることです。現在のモデルは、人の感触といっても対象が若くて健康な人に近いのですが、実際は高齢者の患者が多く、血管が固かったり、内側にコレステロールがたまっていたりします。そのような人の血管の感触を再現していくことが、次のステップです。年齢差や症例による違いまで表現できるようになれば、本当に素晴らしいと思います。

ビジネス上の課題としては、どのようなものがありますか。

当社の製品を大学病院にいかに浸透させていくかが課題です。大学病院の医師に当社の血管モデルを使ってもらうためには、治療に結び付き、保険点数がつくものにする必要があります。そこで考えているのが「症例モデルサービス」です。今までの血管モデルは基本的に練習に適した標準形状で作っていますが、「症例モデルサービス」では実際に治療する患者の症例形状をそのまま造形し、治療前に提供します。例えば、患者の動脈瘤なども含めて実寸大でモデル化し、治療前の医師に提供できれば、どのメーカーのカテーテルがよいかを精度よく判断できます。あるいは先端に角度を付けて血管を通しやすくするシェーピングをどの角度にすべきか、高い精度で設定できるようになります。熟練の医師は、CT画像などを見てシェーピング角度を経験的に求めていますが、実寸大モデルで試すことができれば、若い医師でも正確な判断ができるようになります。

そうなると市場規模も変わってきます。トレーニング用や医療機器メーカーの性能評価用では、病院やメーカーの数を想定したビジネスとなります。それが治療に使われることによって患者の数に拡大し、金額に換算してもケタが変わります。将来的にはこのような治療モデルの医療機器認定を取って展開していきたいと考えています。

治療用モデルを作るためには、どのような技術開発が必要になりますか。

開発中の血管モデル製造用3Dプリンター

現状の標準形状のモデルは、納期として1カ月ほどがかかりますが、患者の治療計画で使ってもらうためには、これを10日ぐらいに短縮する必要があります。そのための製造手法の開発が必要です。

あとは低コスト化のための開発です。現在の血管モデルブロックは、例えば脳血管で40万~50万円ぐらいの価格ですが、治療用モデルにするには、数万円程度、現状の10分の1のコストで作らなければならない。基本的に血管モデルは3Dプリンターで型を作り、樹脂を流し込んで作っていますが、型のコストが高いことから、別の素材または別の手法で作るための取り組みをしています。

将来的には手術支援ロボットにも活用できますね。

ロボットによる内視鏡手術の事例が増えており、カテーテルもロボット化が進みつつあります。これらのロボットもいきなり使えるものではなく、基本的にはトレーニングとセットで販売されます。ロボットを使いこなすための練習で当社の血管モデルを使ってもらう、そうしたコラボレーションがあると思います。

また、手術支援ロボットの開発では、ロボットアームで医師の力加減を再現する必要があります。その際にもわれわれが蓄積した熟練の手技データが生かせます。このようなデータビジネスにも将来的に展開していきたいと思います。

インキュベーションの利用

入居のきっかけ、入居して良かったこと

当初は開発フェーズで、一定の開発設備を備えたオフィスが必要だったことから、一般的な施設で探すのは難しいと感じていました。大学に近いという点で相談したところ、こちらを紹介していただきました。よかったことは、スタートアップが成長していくための様々な情報を入手できる点です。資金調達面やビジネスイベント、展示会、マッチングなどを高い頻度で提供していただけるのは、大きなメリットと言えます。

今後インキュベーション施設を利用する方へのメッセージ

先ほどのメリットをそのまま感じてもらえるところであり、スタートアップの最初のフェーズでは非常に適した施設だと思います。当初はいろいろ探してみましたがなかなか見つからず、大学と共同研究という名目で大学の研究室を使わせてもらいましたが、利益を上げてはいけないなどの制限があり、ジレンマを抱えていました。一方で、大学から遠ざかるのは難しかったことから、今回、近くに入れたのはとてもよかったと思っています。

会社情報

会社名
Blue Practice株式会社 
代表取締役
鈴木 宏治
所在地
宮城県仙台市青葉区荒巻字青葉6-6-40 東北大学連携ビジネスインキュベータ(T-Biz)
本社:東京都港区北青山2-7-13 青山プラセオビル3階
事業概要
医療トレーニング装置の開発・販売

会社略歴

2019年2月 Blue Practice株式会社設立
2019年4月 東北大学流体科学研究と共同研究契約を締結。製品のプロトタイプ開発を開始
2020年7月 東北大学連携ビジネスインキュベータに仙台オフィスを開設
2020年8月 初回資金調達8000万円。出資企業:東北大学ベンチャーパートナーズ株式会社
2020年11月 J-Startup Tohoku企業に選定
2020年12月 仙台研究開発センターを開設
2021年4月 血管ブロックモデル「ORTA」をリリース
2022年3月 センサー搭載血管モデルシステム「BIS-ORTA」をリリース
2023年4月 プレシリーズA資金調達として3920万円を、三井住友トラスト・パナソニックファイナンス株式会社、株式会社ハイブリットテクノロジーズから調達

担当マネージャーからのコメント

CIM画像

Blue Practiceは、カテーテル治療におけるDX化の最先端を走る企業です。若い医師が熟練した医師の手技を習得する上で、同社のPVA-Hモデルは生体への親和性が非常に良く、若手医師の方にとっては非常に利便性の高いものと言えます。単に血管にカテーテルを通すだけではなく、そこにセンサーを融着して付加することで、血管内の中心を通し、血管を傷つけずに血栓を作らないような的確な手技を向上させることができると捉えています。これから高齢化社会を迎えるに当たり、社会的な必然性や貢献度が高い技術とも言えます。この技術(システム)をグローバル市場に展開し、ぜひスケールアップしてもらいたい、という想いがあります。

患者の年齢、性別、症例と個別の症例に基づく血管データを組み合わせることにより、医療ビッグデータとしての蓄積ができます。データマクロを機械学習させて、個人の症例に合わせた治療対応モデルを構築する。それをいかに短期間に行うかで、また症例に対する改善課題をブレイクスルーすることも可能になると想像しています。医療データビジネスを昇華させ、グローバルニッチトップで活躍していけるよう、同社のライフサイエンスビジネスを絶え間なく後押ししたいと考えています。

東北大学連携ビジネスインキュベータ(T-Biz)
チーフインキュベーションマネージャー 工藤 裕之

インキュベーション施設

東北大学連携ビジネスインキュベータ

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