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2023年3月30日
HILO株式会社

慢性骨髄性白血病(CML)を手始めに、蛍光イメージングによる、がん患者個別の薬効評価法の実装を目指す

ひとりひとりの未来に光を Horizon Illumination Lab Optics

がんは医薬品等の早期承認などを含めた医療の充実により生存率が向上している一方で、がん患者が薬の副作用や長期服用による経済的負担に悩む例も増えています。北大ビジネス・スプリングに入居するHILO(ヒーロー)株式会社は、患者から採取した細胞と薬の反応を蛍光バイオイメージング技術で分析し、その薬剤の効果の可能性を判定する検査法の社会実装をめざしています。

天野麻穂代表取締役に起業の経緯やこれからの展開について伺いました。(2022年12月取材)

インタビュー

お話
HILO株式会社(北大ビジネス・スプリングに入居)
代表取締役 天野 麻穂 氏

起業、会社のおいたち

まず技術について教えてください

当社は、北海道大学大学院医学研究院 細胞生理学教室・大場雄介教授の開発した「蛍光バイオイメージング技術(FRET)を用いた薬効評価法」を社会実装するべく、2021年に設立した北大発スタートアップ企業です。

FRET(Förster resonance energy transfer)とは、二つの蛍光分子がごく近接して存在するときに、一方の蛍光分子からもう一つの蛍光分子へエネルギーが移行する現象です。この現象が生きた細胞と薬剤との反応として現れるさまをイメージング技術によって動的な映像としてとらえるのです。2006年ごろ、生細胞イメージング技術の研究を行っていた大場雄介教授が、血液内科医の先輩と意気投合し、慢性骨髄性白血病(CML)に使う分子標的薬の効果を評価する研究を始めたものです。

CMLは、血液を作る骨髄系幹細胞ががん化して白血球が増える病気です。進行がゆっくりで、初期にはせいぜい風邪程度の症状しかない場合がほとんどです。進行すると正常な血液細胞がつくれなくなり貧血や動悸、鼻血などの症状が現れ始めます。ウイルスなどの病原体にも感染しやすくなり、やがては急性白血病のように症状が急速に進行します。

CMLでは細胞にBCR-ABLというチロシンキナーゼ(チロシンリン酸化酵素)が発現します。この酵素の活性は常に高いため、白血球が増えます。従来の治療法は他のがんと同様の抗がん剤、インターフェロン、骨髄移植などが主流でしたが、2001年にこのチロシンキナーゼを阻害する薬(TKI)が使えるようになり、診断直後から長期間の生存が期待できるようになりました。

ただ、数種類あるTKIのどれがどれくらい効くかは実際に使ってみないとわかりません。また、副作用が強く出たり、治療開始時は効いたと思ったのに効かなくなったりする例がありますし、減薬や薬の中止のタイミングも決まっていません。そこで患者さん自身の細胞を使ってTKIの効果を予測することで、患者さんに安心して治療に挑んでいただきたいというのが当社の使命です。

会社設立にはどんな経緯があったのでしょうか

天野 代表取締役

私自身は農学で博士号を取った後、ライフサイエンス系の研究者となり、転職して北海道大学の本部でURA(University Research Administrator)となりました。URAは研究を活性化し、成果の活用を促進する仕事です。2018年に北大病院に出向になり、医療系のシーズを探索した際、この技術が特許を取っているにもかかわらず、眠っていることに気づきました。発明者の大場教授にヒアリングに行くと、臨床検査会社の既存のフローに乗せられないこと、共同研究先の製薬企業が手を引いたことがわかりました。製薬企業にしてみると、自社の薬が効かずに他社の薬が効くという結果が出ることがあるのはビジネスモデルとして望ましくないということのようです。

有望な技術であると思ったので、2019年に半年くらい日本血液学会の造血器腫瘍診療ガイドライン委員を中心に全国の血液内科を回り、意見やアドバイスをいただきました。また、患者団体の方からは、血液腫瘍と一口に言っても専門が細かく分かれているようで、さらに、診察時間が短い場合も多いため薬の選択について詳しい相談が受けられないことがある、経済的に大変といった状況を教えていただきました。医療側、患者側、双方の声を聴くことが大切だと実感しました。

大場教授らとは「会社を立ち上げて、技術の確かさや事業として回っていくことを見せれば、製薬企業や臨床検査会社に買い取ってもらえるだろう」という話になりました。ただ、社長をやるという人がいなくて、私がやりますということになったのです。北大の仕事は続けていたのですが、辞めるつもりでいたところ、2021年に大学のルール変更で職員と起業した会社の代表取締役の兼任が可能になり、私は大場研に所属したまま、新ルールの適用第1号の社長になりました。

会社の設立では社会の仕組みを何も知らない自分に直面しました。大学院博士課程を修了後、アメリカに留学、東京の私立大学の教員、と大学で暮らした経験しかなく、会社勤めや起業とは無縁でした。それで、税金のことだけは友人のつてで探した税理士さんにお願いし、後は社会勉強だと考えて、自分で手続きしようと決めました。公証役場と何度もやりとりし、数か月かけて会社の定款を作りました。

事業の展開と現在

細胞が届いた翌日から3日で判定が可能だそうですね

はい。薬剤効果判定では骨髄液から細胞を採取します。この採取した細胞に当社が特許を持つ光診断薬Pickles(Phosphorylation indicator of CrkL en substrate)を導入し、TKIを加えて撮像します。薬の感受性が低い、あるいは薬に耐性であれば黄色に光り、逆に薬の感受性が高ければ青く光ります。

これまでに患者さんの臨床症状や検査データと当社の薬効評価の結果が9割以上相関していることを論文で報告しています。

日本では一年に約1,500人が新たにCMLと診断されています。すでにTKIを使用していて処方を変更する機会を含めると、かなりの数の患者さんが当社の薬効評価の恩恵を受けられるはずです。

患者の骨髄液から採取した細胞に光診断薬Picklesを導入、TKIが効かなければ黄色(蛍光)を発する。蛍光を発する細胞の多少で薬剤の効果を判定する

そして、これから

今後、事業はどのように展開していかれますか。課題は何でしょうか

Picklesの検査薬としての薬事承認と保険収載を目指しています。日本では細胞を用いて複数の薬の効果を調べる検査はがんの遺伝子パネル検査が承認されているだけで、FRETを医学検査に用いている例は世界的にもなく、臨床試験の方法も新しく考案しなければなりません。さらに、臨床試験に向けての資金集めと専門性のある人材の採用が急務です。薬事戦略と特許戦略がとても重要な事業であるため、今は外資系製薬企業のOBの方や体外診断薬の専門家にアドバイザーやコンサルタントとして入ってもらっています。

現段階においては、臨床検査機関に委託することは難しいので、当社ですべての検体をお預かりして検査します。そのためのロジスティクスの整備も必要です。冬場に新千歳空港のオペレーションが止まると、検体の輸送に想定外の時間を要する上に、患者さんの生きた細胞が凍って、損傷するかもしれない。輸送容器や輸送方法から調整が必要です。

海外でも使ってほしいので、今、アメリカの食品医薬品局(FDA)の承認手続きを調べ、現地にラボを持つかどうかを検討しているところです。また、北大から買い取った特許の国際出願も計画しています。

検査対象は固形がんにも広げていく予定です。まずは肺腺がんをターゲットとして胸水から採取した細胞を用いることを検討しています。手術で摘出された細胞でも原理的には検査できるはずなので、いずれは挑戦したいですね。

血液がんの遺伝子診断を実施している臨床検査会社などと組み、遺伝子変異とともに薬が効くかをセットで検査できるようにすれば、将来的には診断と治療のデータベースが構築され、学術的にも大きな貢献ができると思います。臨床検査会社や製薬企業とは競合するのではなく、協働していきたいと考えています。

インキュベーションの利用

入居のきっかけ、入居して良かったこと

インキュベーションマネージャーの佐々木身智子さんには会社設立前から学内の集まりでお会いしていたことがあり、起業したらここに入居したいと思っていました。北大内にはほかにもレンタルラボがあり、そこでも登記ができるのですが、北大ビジネス・スプリングではIM室がベンチャー企業の面倒を、私の体調管理のような細かいところまで見てくださること、そして札幌市や北海道庁の支援があることが魅力です。空室が出たと聞いて、すぐに応募しました。

佐々木さんには、ベンチャーキャピタルや銀行など多くの人や組織に紹介していただいています。会社設立の折には、中小機構のFASTAR事業専門家のライフサイエンス系のバックグラウンドを持ちベンチャー企業を立ち上げた経験のある方とつないでいただき、まるで家庭教師のように指導していただきました。他にも国際特許に強い弁護士さんなど、中小機構、そして佐々木さんのネットワークにはほんとうに助けられています。

今後インキュベーション施設を利用する方へのメッセージ

スタートアップはフェーズごとに人材など必要なリソースが変わっていきます。ですから、集めた資金は、どうしても必要な部分を除いて、できるだけ使わないで済むようにするべきだと思います。北大ビジネス・スプリングのような、場所の提供ともに人材や機会を紹介してもらえるインキュベーション施設を選び、大いに活用することをオススメします。

会社情報

会社名
HILO株式会社 
代表取締役
天野 麻穂
所在地
札幌市北区北21条西12丁目2
北大ビジネス・スプリング107号室
事業概要
「光診断薬」による分子標的薬治療開始前薬効判定サービスの提供とレポート作成
「光診断薬」およびそれを用いた薬効判定システムの開発と設計など

会社略歴

2014年1月 最初の特許権取得
2021年8月 HILO株式会社設立
2021年9月 2021年度 NEDO NEP タイプBに採択
2022年2月 J-Startup  HOKKAIDO に選定・北大発スタートアップ企業に認定
2022年9月 2022年度 NEDO STS に採択
2022年11月 中小機構 FASTAR 5thDEMODAY で三菱UFJキャピタル賞

担当マネージャーからのコメント

CIM画像

天野さんは、北海道大学の職員初の代表取締役です。大学の業務をやりながら、HILO株式会社の事業を進め、資金調達に向けた事業計画書のブラッシュアップやVCとの面談と毎日お忙しくされています。そのような忙しい中でもIM室にお立ち寄りいただき、事業の進捗をご報告いただけるので、どんな協力ができるかイメージしやすく、成果に結びついていると思います。

私たちIMは、入居企業の皆様の必要な時に必要なサポートができるように考えておりますが、コミュニケーションがとりにくいとタイミングを逸してしまうことがあります。雑談でも結構なので、お気軽にIM室にお立ち寄りいただきたいです。

北大ビジネス・スプリング
チーフインキュベーションマネージャー 佐々木 身智子

インキュベーション施設

北大ビジネス・スプリング

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