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株式会社イノダコーヒ

伝統の継承と事業承継

会社概要

事業内容

自家焙煎珈琲と喫茶店の運営・販売

本社所在地

京都市中京区堺町通り三条下る道祐町140番地

創業年月

1940年

売上高

約20億円

従業員数

約160名

ファンド事業

中小企業成長支援ファンド出資事業

同社に投資を行った出資先ファンド名(無限責任組合員名)

アント・ブリッジ5号A投資事業有限責任組合(アント・キャピタル・パートナーズ株式会社)

事業概要

京都の街に根付く、洋風喫茶の伝統

株式会社イノダコーヒ(以下、イノダコーヒ)は、京都市に本社・本店をおき、全国に9店舗を展開しているコーヒーショップブランドである。創業当初からのこだわりは、コロンビア、グアテマラ、ブラジル、アフリカなどの豆を独自にブレンドし、職人が焙煎した豆をネルドリップ式で一杯ずつ淹れて提供しているコーヒーにある。

堺町通にある本店は、町屋の雰囲気に溶け込んだ佇まいとは裏腹に、店内に足を踏み入れるとレトロな洋風の内装が広がり、特別な空間を演出している。朝7時の開店とともに毎日通っているという古くからの常連客たちで店内は賑わう。京都の喫茶文化を象徴する存在として親しまれてきた。雑誌やテレビをはじめ、多くのメディアにも取り上げられ、その知名度は高く、府外から訪れる観光客も数多く足を運んでいる。

代表的なメニューは「アラビアの真珠」である。イノダコーヒではコーヒーを注文すると「砂糖とミルクを入れますか?」と尋ねられる。両者が調和して美味しさが完成するよう、ブレンドはやや苦めに仕上げられ、ミルクも特注品を用いている。このブレンドでの提供がイノダコーヒの特徴である。

お客様が会話に夢中になる間にコーヒーが冷め、砂糖とミルクが混ざらず味が落ちないように最初から砂糖とミルクを入れた状態で提供するようになったのが始まりであり、現在ではイノダコーヒのスタイルとして定着している。

  • オリジナルブレンドコーヒー
  • 本店の店内の様子

創業者である猪田七郎氏(以下、七郎氏)がデザインした赤いポットのロゴマークは時代を超えて支持を集め、現代のデザイナーからも一目置かれている。アパレルブランドなどとのコラボレーションも行われ、イノダコーヒのグッズは幅広い展開をし、世代を問わず人気を集めている。

  • ロゴマーク

2025年4月 イノダコーヒ with KEY COFFEEグランドオープン 

2025年4月、福岡県福岡市にある岩田屋本店に、イノダコーヒとキーコーヒー株式会社(以下、キーコーヒー社)のコラボレーションによる喫茶業態の直営ショップ「イノダコーヒ with KEY COFFEE」をオープンした。大手企業であるキーコーヒー社とのコラボショップはイノダコーヒとして初の試みであり、さらに九州への出店も初めてとなる。

店内の内装や提供される商品はイノダコーヒのスタイルを踏襲し、京都の老舗喫茶の雰囲気をそのままにしつらえられている。創業85年の伝統を守り続けるために、こうした取り組みも含めて、イノダコーヒは革新と挑戦を続けている。

  • イノダコーヒ with KEY COFFEE

株式会社イノダコーヒの創業とファンドに出会うまでの経緯

猪田七郎氏による各国コーヒー豆の卸売のはじまりと全国展開への軌跡

七郎氏は、1940年当時、高級品であった「本物」のコーヒー豆を日本に持ち込み、コーヒー豆の卸売りを始めた。画家としても活動し、欧州へ渡航経験のあった七郎氏は、ヨーロッパの雰囲気を取り入れた内装・デザインをしつらえ、ロゴの創作にもこだわった。1947年には本店をオープン。戦後当時の日本において、洋風のデザインが斬新に受け止められたこともお店が繁盛していった大きな要因のひとつである。

イノダコーヒは、1960年代に二条支店、四条支店B1を出店。1970年代には大丸百貨店一階にコーヒーサロン支店、三条店、四条支店B2を相次いで出店し、着実に京都市内での店舗数を拡大していった。1978年に「アラビアの真珠」を真空化粧缶として発売すると、店舗以外でもイノダコーヒを味わえるようになった。イノダコーヒのブランドは京都内外でも広く知れ渡った。

1980年代には作家・池波正太郎の随筆『むかしの味』に「京都の朝はイノダコーヒで始まる」と記されたことが象徴するように、イノダコーヒは単なる喫茶店ではなく、京都のライフスタイルを象徴する存在へと成長した。

1993年には創業者である七郎氏が逝去し、子息の猪田浩史氏(以下、浩史氏)が社長に就任した。

創業家から外部経営者への交代と事業承継の模索

イノダコーヒの2代目として父から経営を継いだのは浩史氏であったが、将来的には親族外へバトンを渡す意向を持っていた。

他方で、イノダコーヒという会社の所有権について、創業家が株式の大半を保有している状態に浩史氏は懸念を抱いていた。万一の事態が起きた際、株式の行方が不透明になる可能性を危惧していたのである。

2007年には代表取締役社長の権限が猪田家以外の者へと引き継がれた。3代目として外部出身の経営者である藤原正康氏が就任し、2014年には4代目として同じく射場茂喜氏が就任した。社長の権限は引き継がれる一方で、浩史氏は「株式会社イノダコーヒ」の所有者として株式の譲渡先も探していた。

5代目社長に就任した前田利宜氏

2020年6月、5代目の社長を引き継いだのが、現・代表者である前田利宜氏(以下、前田社長)であった。前田社長は、三菱商事株式会社(以下、三菱商事)に30年以上勤務し、キャリアの半分以上をコーヒー関連事業に従事した。イノダコーヒにとって三菱商事は原料の仕入先であり、前田社長はその担当者として生豆を供給していた。

浩史氏と前田社長は旧知の仲であり、浩史氏から社長就任の打診があったのは、実際に社長へ就任する半年程前であった。「猪田浩史さんと社長を引き継ぐ話を重ねていく中で、2020年4月にちょうどコロナ禍が襲いました。自粛営業の中で店舗は本当にお客様がスカスカで、このままではマズいという危機感もありました。ただ、当時は必死で、自分がやるしかないという使命感がありました」と、前田社長は当時の心境を振り返る。

ファンドを活用した“骨太な組織”への改革

話合いを重ねて浩史氏の意向をくみ取った前田社長は、社長という責務を全うするにあたり一つの強い想いがあった。「イノダコーヒという伝統とブランドが存続していくためには、組織体としての“自立”が不可欠である。株式がより良い担い手に引き渡され、たとえ引き渡し先の資本の傘下に入ることになったとしても、イノダコーヒが永続するためには、自ら利益を創出し、成長を続けられる礎を築く必要がある」

前田社長が就任する以前のイノダコーヒは、創業から80年の間に築き上げられた「京都の老舗喫茶」というブランド力に支えられていた。安定した常連のお客様に恵まれ、さらに京都のアイコンとして府外から訪れる観光客の集客力もあり、売り上げは維持されていた。

一方で、内部オペレーションに改善できる余地があり、組織体制についても、指揮系統はトップダウン型で、従業員が自ら意思決定をして事業を進めていく風土ではなかった。

「このままでは、目まぐるしく変化する事業環境の中でイノダブランドを守り抜けるのか」という危機感があった。前田社長は、事業会社へ株式を譲渡する前に、外部の力によって改革を進め、“骨太な組織”を築き上げることを考え、ファンドからの支援を受ける構想を抱いていた。

その矢先にコロナ禍が襲い掛かり、営業活動の自粛を余儀なくされ、売り上げは大きく落ち込んだ。一方でコロナ禍は、良くも悪くもイノダコーヒに変革を迫る契機となった。

前田社長は就任直後、役員や店長一人ひとりと面談を重ね、皆が抱えていた会社の課題を洗い出すことから改革を始め、優秀な人材を上位の役職に抜擢する等組織体制の変更も行った。

アント・キャピタル・パートナーズ株式会社への株式譲渡

並行して、M&Aのプロセスをサポートするファイナンシャルアドバイザーの会社から複数の候補先の紹介を受け、協議を進めていった。浩史氏と前田社長が候補先に求めていたのは、現状のイノダコーヒの課題を同じ目線で捉え、計数管理等も用いながら改革を推進してくれること、さらに、イノダコーヒのブランドを守りながら出口戦略に向けてハンズオンで支援してくれることであった。

いくつかの候補の中で協議が進展したのがアント・キャピタル・パートナーズ株式会社であった。出口戦略のイメージを共有しながら、何度も話し合いを重ねて合意形成を進めていった

そして2022年9月、イノダコーヒは、独立行政法人中小企業基盤整備機構が出資し、アント・キャピタル・パートナーズ株式会社(以下、アントキャピタル)が運営する「アント・ブリッジ5号A投資事業有限責任組合」を新たな大株主として迎え入れた。これにより、同組合が創業家の全株主を引き取る形となった。さらに、アントキャピタルからは取締役に川邉裕典氏(以下、川邉氏)と、中澤大貴氏(以下、中澤氏)を迎え、改革の歩みを本格的に始めた。

川邉氏は当時を振り返り、「前田社長による率先した組織改革によって、コミュニケーションの取りやすい体制が整っていたことも、アントキャピタルの組織強化のノウハウを活かせる案件であると判断する一助となった」と語っている。

成長ファンドを活用して

オペレーションから組織体制までの多岐にわたる改革

前田社長とアントキャピタルによる改革は、販路整備、オペレーションの効率化、自律的な組織づくりと、多岐にわたった。

販路整備では、EC販売の強化に取り組んだ。コロナ禍でEC市場が大きく伸びる中、府内外でも認知度の高いイノダコーヒの商品は多くのお客様に求められていた。しかし、イノダコーヒの自社ECサイトは存在していたものの、長らく手つかずの状態であった。そこで、ECサイトのリニューアルを実施した。一例として、サイトの入り口となるページの構成を見直し、画面上で商品を選びやすいようにデザインを刷新するとともに、普段コーヒーに親しみのない方でも豆の味わいを直感的に理解できるよう、苦味の強度を縦軸、酸味の強度を横軸としたテイスティングマップを作成し、その上に各商品を配置することで、利用者が自分の好みに合ったコーヒーを選べるよう全体の操作性を改良した。さらに、Web広告を展開することで、既存・新規両方のお客様が継続的にご利用いただきやすい環境を整備した。また、新たな顧客層のさらなる開拓を目的に楽天市場への新規出店も行った。

  • リニューアル後のECサイト
  • テイスティングマップ

オペレーション面では、伝票で行っていた注文の授受をデジタルデバイスに置き換え、POSシステムを刷新した。これにより煩雑だったホール業務は、新人でもすぐに順応できるよう改善された。改革当初は現場に抵抗もあった。しかし、効率化の効果が表れると、業務ミスが大幅に減少した。現場からは「導入して良かった」という声が上がり、従業員のモチベーション向上につながった。

自律的な組織づくりでは、幹部社員に取締役会や経営会議等の会議体で発言してもらう機会を増やし、プロジェクトを主導してもらう機会を設けることで、自発的に取り組む方法への理解を促した。

各店舗は、従来は売上だけが予算設定されていたが、計数管理を取り入れることで主要な経営指標や営業利益を意識した店舗運営へと転換した。さらに権限移譲によって、店長自ら店舗の業績を分析し、施策を考えるような仕組みに移行した。時間帯別売上を算出して営業時間を変更したり、席数を増やして売り場効率を高めたり、率先して改善施策を実行する店長も現れた。

また、社員の福利厚生改善や採用の観点から、それまでの「4週間で6日の休み体制」から週休2日制へと移行し、休日数を増やした。採用に関しては、求人サイトで上位に表示されるようにSEO対策を実施し、求職者にイノダコーヒをより理解してもらうために採用サイトのリニューアルも行った。この他、支援の後半では、人材の定着、増加の観点から人事部が主導して様々な施策を自発的に計画、提案するまでに至った。

さらに、キャンペーンメニューの表彰制度の導入や評価制度を明確化することで、成果が正当に評価される組織風土を醸成した。

組織風土の変化について、定例会議での発言が増えていったことを変革の一例として振り返るのは川邉氏。「ファンドが経営に参画した当初、発言を遠慮して沈黙が多かった会議体も、支援の後半では、皆さんがその場で積極的に意見を言ってくれるようになり、一体感を感じられるようになりました」と語る。

川邉氏と中澤氏や外部パートナー側も、従業員の方々の考えを少しでも理解できるように、懇親会に参加するだけでなく、時にはアルバイトとして現場で皿洗いを行い、イベントへの出店では従業員の方々と共に販売も行ったと川邉氏は振り返る。

イノダコーヒwith KEY COFFEEの出店

こうした意識変化の集大成の一つが、イノダコーヒwith KEY COFFEEによる九州でのコラボレーション店舗であったと中澤氏は言う。「イノダコーヒの新店舗を出店するのとは違い、このコラボレーションは新規事業のようなもの。ゼロから立ち上げるには、論点が非常に多く、それを限られた期間で整理し、一つひとつ解決しなければいけません。立案から実施まで、幹部社員の方々が自ら率先して企画し短期間でも迅速に動き、キーコーヒー社の皆様と一致団結し、オープンできたことは大きな成果でした。」

この様子を見た前田社長とアントキャピタルのメンバーは、大きな事業会社へ株式を譲渡した後も、イノダコーヒは自らの力で事業成長を続けられると自信を持てた。また、受け入れ先の会社ともシナジー効果を発揮し、さらなる高みへと成長できると確信した。

キーコーヒー株式会社への株式譲渡

2025年7月、アントキャピタルはキーコーヒー社へ株式を譲渡し、イノダコーヒはキーコーヒー社の子会社となった。両者の関係性については、2021年に業務提携に向けた基本合意書を締結し、キーコーヒー社が家庭用市場にて「京都イノダコーヒ」ブランドのコーヒーを販売していた。

さらに、2025年には、イノダコーヒwith KEY COFFEEの九州への出店といった新たな取り組みも開始し、シナジー効果への期待も見出すことができた。商品に加えて、空間による体験価値を重視するイノダコーヒ。そのブランドを守りつつコーヒー事業をさらに強化するというキーコーヒー社。両社の思惑が一致し、実現に至った。

上場企業の子会社となったことで、四半期ごとの決算対応や、従来以上に厳しい内部統制・コンプライアンスへの対応が求められるようになった。しかし、アントキャピタルによる改革を経たことで、イノダコーヒの従業員はこの変化にも驚かずに順応することができていると前田社長は言う。

今後の展望について

イノダコーヒは2024年10月、旗艦店である三条店のリニューアルオープンを果たした。大きな店舗戦略も一区切りを迎え、新規出店を含めた事業戦略は新しいステージへ進もうとしている。一方で、2022年以降続く物価上昇という事業環境の変化に対して、一度は価格改定で乗り越えたものの、原価上昇は止まらず、やがて限界が訪れる。抜本的なコスト改革が必要となる中で、事業シナジーを見込み、この過渡期を共に乗り越えるパートナーとして協力の道を選んだのがキーコーヒー社であったと前田社長は語る。

原料調達や物流、工場の共同使用といったサプライチェーン面での協力を模索しつつ、新規出店においても、イノダコーヒwith KEY COFFEEの前例のようなコラボレーションによるシナジー発揮を目指す。「キーコーヒー社という大きな力のもとで、一緒にできることを探しながら相乗効果を生み出していきたい」と前田社長は語った。

代表から経営者の方へのメッセージ

会社を経営していく上で大切なのは、自分がどのような想いを持ち、どのような信念で臨むかということだと思います。信念がなければ、周囲の状況に流されてしまう危うさがあります。私の場合、その信念は「イノダコーヒというブランドを守り抜くこと」です。これからもその想いを軸に経営を続けていきます。

ただし、ブランドを守るためには、時代の変化に応じて新しい挑戦をしていかなければなりません。今回、新しいオーナー(株主)を迎え入れ、味方につけて共に歩んでいくこともその一環です。特に、私のように外部から来た立場では、従来からいる社員の意見に流されそうになる場面もあります。しかし、然るべきところでは自ら舵を取り、皆を味方につけながら信念を遂げる覚悟が必要だと考えています。

さらに、承継先のパートナー企業との関係においても、しっかりとコミュニケーションを取ることが欠かせません。承継後に齟齬が生じないよう、相手と率直に話し合い、理解を深めていくことが本当に重要だと思います。

  • 前田 利宜 社長

ファンド運営者の声

同社に投資をするに至った判断のポイント

弊社は事業承継のテーマとして、日本の優れた中小企業が経営者不在で廃れてしまうことがないように、個人経営を集団経営に変えるなどして存続させていくことを掲げていますが、同社はこのテーマに合致していました。また、同社は喫茶業態のほかに物販も展開していて、弊社が培ってきた経営ノウハウを生かすことで更なる成長に向けた支援ができると判断しました。

成長支援ファンドの視点からみた同社の成功要因

同社社員の皆様の柔軟性とポテンシャルの高さに加えて、前田社長の存在だと考えています。弊社の多岐にわたる施策の提案には、同社として初めての試みも多くありましたが、反対ありきではなく真摯にご検討いただく姿勢が社員の皆様にあったからこそ様々な施策が実現しました。また、特に投資して間もない時期には、社員の皆様と弊社の間で、考え方や意思決定のスピードに齟齬が生まれることもありましたが、前田社長が間に立っていただいたことで、齟齬の解消がスムーズに進み、一体感が早期に醸成されたと考えています。

アント・キャピタル・パートナーズ株式会社
川邉 裕典 / 中澤 大貴

  • この事例は取材した当時の内容をもとにとりまとめを行っているものです。
    従いまして、現在の企業様の事業内容等と異なる場合がございますので、予めご了承くださいますようお願いいたします。
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