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株式会社マリンポリス

厳選した鮮魚を捌きお寿司を握る、その技術の高さで勝負する回転寿司チェーン

会社概要

事業内容

直営およびFC方式による回転寿司チェーンの運営等

本社所在地

岡山県岡山市北区大元2丁目4番5号

設立年

1985年11月

資本金 (2019年10月31日現在)

50百万円

売上高 (2019年10月31日現在)

3380百万円

従業員数 (2019年10月31日現在)

100名、臨時従業員(8時間換算)258名

ファンド事業

中小企業再生ファンド出資事業

同社に投資を行った出資先ファンド名 (無限責任組合名)

おかやま活性化ファンド投資事業有限責任事業組合(おかやまキャピタルマネジメント株式会社)

事業概要

「お寿司で笑顔、お寿司って幸せ」

同社は1985年、岡山市で回転寿司店の運営を行うために山野井孝允氏によって設立された。国内第一号店を出店してからは国内のみならずアメリカにも出店を行い、2004年にはジャスダックへの上場も果たした。しかし、友好的株式公開買い付け(友好的TOB)によって(株)びっくり本舗の完全子会社となって以降、株主の変更が幾度も繰り返されたため、中長期的な目線で経営を行えない状況が続き同社は経営破綻寸前まで陥った。

そのような危機的状況の中、2014年、再生ファンドの支援を受けることに成功した同社は新たに代表取締役社長となった池田賢氏(以下、池田社長)のもと経営再建が行われている。

現在(2019年9月時点)、同社は「『お寿司で笑顔、お寿司って幸せ』を企業理念に、職人がこだわった新鮮なネタを提供」するという経営理念のもと、主力となっているグルメなお客様を対象とした一皿120円からの回転寿司「海都」、一皿100円を中心とした低価格帯がウリの回転寿司「しーじゃっく」等、西日本を中心に49店舗を展開している。また、アメリカでも、ワシントン州やオレゴン州等に回転寿司「マリンポリス」を8店舗運営している。

  • キャッチコピーである、まごころ込めて笑顔と幸せを一貫入魂の文字と共に寿司職人たちの笑顔の写真
    同社ホームページよりプロモーション画像

厳選した鮮魚を捌き、お寿司を握る。その技術の高さで勝負

競合ひしめく回転寿司業界の中で、池田社長は、「大きく需要は二極化しており、一つは100円寿司を中心に展開している大手回転寿司チェーンへファミレス感覚で利用するお客様。もう一つは、100円寿司には抵抗があり、若干高くてもより良いお寿司を好まれるグルメなお客様。我々の店舗はこのグルメ系のお客様の受け皿となっている。」と述べており、同社は、以下のような様々なこだわりをもってグルメなお客様に向けてお寿司を提供している。

お寿司の「ネタ」については、季節に合わせて厳選したマグロやかつお、ホタテ、うに等を全国の港から毎朝仕入れて、各店舗に直接配送している。そして、配送された魚貝は、各店舗に在籍している熟練の技術を持った職人が直に捌いているため鮮度が圧倒的に高い。また、「シャリ」についても、やはり各店舗で、一粒一粒ふっくらと仕上がるように少量ずつ丁寧にお米を炊き上げ、絶妙な配合で酢合わせを行っている。そして、回転寿司でありながら、目の前で職人が一貫一貫お寿司を握ってお客様に提供している。

  • 職人による魚を捌く画像と寿司を握る画像
    同社ホームページより職人の捌き・握りの画像

池田社長は、「我々は、創業から『厳選した鮮魚を捌きお寿司を握る』、その技術の高さで勝負してきた。そのため、魚を捌けて、お寿司を美味しく握れる職人が現在でも多数おり、各店舗に職人を揃えることができる。一部の回転寿司チェーンとは異なり、セントラルキッチンで魚を捌いて『ネタ』の状態で各店舗に配送するようなことはなく、また、ロボットが握った『シャリ』に『ネタ』をただのせるようなこともしない。」と語っており、回転寿司チェーンでありながら職人の技術を武器にグルメなお客様へ美味しいお寿司を提供できる点が同社の大きな強みとなっている。

また、同社は30年も前から養護老人施設の他、障がい者施設、一般企業、披露宴、同窓会、子供会、婦人会等へ赴き、回転寿司のレーンを設置して、職人が握る出張回転寿司「パーティ君」のサービスを行ってきた。回転寿司店に足を運べないお客様も含めて、回転寿司という楽しさ、職人が握る本物志向のお寿司を長年提供し続けてきた同社は、“地域に密着した愛される回転寿司チェーン”となっていることも、大きな強みといえる。

再生ファンドに出会うまでの経緯

実質的に経営破綻ともいえる危機的状況に陥る

1985年の創業以来、同社は回転寿司業界の拡大の波にのって一時は店舗数が150店を超える程成長した。2004年、ジャスダックに上場した同社は2007年9月に「江戸前びっくり寿司」等を運営する(株)びっくり本舗の完全子会社となって上場廃止となった。しかし、完全子会社となった直後に(株)びっくり本舗が経営危機に陥ってしまい、同社の全株式が1年も経ずに投資ファンドへ譲渡される等、その後も株主の変更が繰り返されることとなった。

池田社長は「投資ファンドの傘下に入った後は、お客様のニーズに応えるための投資を行うことができず、一時的な利益を作るために大規模なリストラを行う等、株主利益を優先する近視眼的な経営となっていった。本来であれば競合他社との競争の激化に対応するために中長期的な視点で経営戦略を描き・実行しなければならない場面で、むしろ事業の弱体化を招いてしまう方向に進んでいたといえる。その後、別の投資ファンドの傘下に入ると、2012年、関東地区への10店舗同時出店によって業績回復を狙った。しかし、管理面や人事面で準備不足が露呈してしまい2年もたたずに退店、約5億円もの損失が生じた。この時期、私はマリンポリスの全株式を有していた投資ファンド側に在籍しており、同社を立て直す目的で社長室長兼外部取締役としてマリンポリスに送り込まれたが、キャッシュポジションが大幅に低下、資金繰りも非常に厳しい状況であった。そして、経営破綻がまことしやかに囁かれはじめると社外では金融機関や取引先との間に信用不安が生じ、社内では今まで事業の要となっていたマネジメント層が辞めてしまう等、実質的に経営破綻ともいえる危機的な状況に陥っていた。」と振り返っている。

再生ファンドの活用について

再生ファンドを通じて債務超過を解消、再生へ向けての運転資金も解消

関東出店の失敗が止めを刺す形で実質的に経営破綻の状況に陥っていた同社であったが、米国子会社が好調であったことからなんとか資金をつなぐことができていた。一方、当時同社の全株式を保有していた投資ファンドは新たな株式譲渡先を探していたところ、同社のメイン銀行から再生支援を目的として組成されたおかやま活性化ファンド投資事業有限責任組合(以下、おかやま活性化ファンド)を紹介された。

そこで同社は再生支援協議会の協力を仰いで再生計画を策定、その再生計画をもとに2014年、(独)中小企業基盤整備機構(以下、中小機構)が出資し、おかやまキャピタルマネジメント(株)が運営するおかやま活性化ファンドから支援を受けることに成功した。おかやま活性化ファンドはそれまで投資ファンドが保有していた同社株式を全部買い受けるのと並行して、債務超過の解消と再生に向けた運転資金を手当するために同社の増資を引き受けた。また、それまでの代表取締役社長を退陣させて再建の指揮を握る人物として新たに池田社長を代表に任命したのもこの時期である。

池田社長は「古巣の投資ファンドからおかやま活性化ファンドにマリンポリス株式の譲渡がなされた時、投資ファンドからは東京に帰還するように命令を受けていた。しかし、2年近くマリンポリスに携わり、本部スタッフや店長、現場の人たちが疲弊している状況を肌で感じていたため、『投資ファンドが再生ファンドに株式を譲渡したのだから一定の責務は果たした』という考えにどうしても至ることができなかった。このまま東京に帰って別の案件に従事することに腹落ちができず、どのようなポジションになったとしてもマリンポリスに残りたい意思を古巣の投資ファンドに伝えた。ただ、投資ファンドから送り込まれた人間がそのまま支援先に残ることは異例なのでおかやま活性化ファンドには去就も含めてすべて一任するスタンスでいたが、逆に社長就任のお話を頂いた。正直、お話を頂いたときは業績的にとんでもない赤字だったので不安がなかったといえば嘘になる。ただ、私の中で経営課題は明確になっておりその課題に対して改善施策を行っていけば必ず良くなる、そのような確信があったので社長を引き受けた。」と社長就任までの経緯を述べている。

経営全般にわたる再建へのサポート

おかやま活性化ファンドは取締役(会長職)、監査役、担当者2名を同社に派遣して、取締役会や日米連絡会議、経営会議、エリアマネジャー会、店長会等に出席すると共に池田社長及び幹部社員と密に情報交換を行うことで経営の意思決定から現場のマネジメントに至るまで経営全般にわたってフォローできる体制を構築した。

例えば、金融機関や取引先の間で生じていた信用不安に対してはおかやま活性化ファンドの担当者が同行して同社の成長戦略や資金援助等を説明した他、広く説明会も開いたことで信用不安の除去、そして再生に向けての協力を取り付けることができた。中でもおかやま活性化ファンドと再生支援協議会の連携したサポートによって、同社はメイン銀行を含む複数の金融機関から返済猶予の合意を得ただけでなく、新規の金融機関も含めて新たに多額の融資を受けることができた。そしてこの融資によって不採算店舗の閉鎖、今後の成長の柱と位置付けていた「海都」ブランドへのモデルチェンジ、規模に合わせた本部スタッフの整理等の再生施策を矢継ぎ早に実施することが可能となった。

組織面では先代社長のトップダウン型経営によって組織体系は形骸化しており、経営者とスタッフの間に大きな軋轢が生じていた。また、マネジメント層の人材が流出していたためガバナンスの低下による従業員の不正も生じていた。そこで、おかやま活性化ファンドと密にコミュニケーションを取りながら、池田社長は仕入れ統括者、現場オペレーション統括者、アメリカ子会社社長の3名の幹部の他、各地区長等へ権限を委譲して組織として動ける体制を再構築した。

人事面では社員に対して営業利益の目標を達成したらその分を賞与に反映させる業績連動賞与を取り入れた。また、パート・アルバイトに対しても今までは年齢や勤続年数によって時給が何となく決まっていたが、評価を100項目に細分化して時給に反映させる成果型給与制度を導入した。さらに今までの企業風土を変えるために全社員だけでなくパート・アルバイトの代表者も含めて1人1人直接社長と面談を行える場を設けた。現場で生じている問題点や商品開発における意見等を吸い上げてお客様への商品力・サービス力を高めると共に、「社長にモノが言える」「聞いて取り入れてもらえる」という意識へ変えていく取り組みを丹念に行っていった。
池田社長は「日々現場で働くスタッフ達はどのようにすればよくなるのか、その答えを胸に秘めている。私はそれに一つ一つ耳を傾けて、実践していくことに重きを置いて再建を行ってきた。お寿司業界について素人であったことがむしろ再生に向けての取り組みでは活きているのかもしれない。」と述べている。

また、おかやま活性化ファンドに出資している中小機構についても、池田社長は「金融機関や取引先の信用不安を払拭する際には、中小機構の存在もお話しさせて頂いた。従業員には公的機関が我々の後ろについてくれていることも伝えた。会社が傾いていて明日潰れるかもわからない状況が続いていた従業員にとって、公的機関含めて支援してくれているというメッセージはとても大きな効果があった。再生を行っていくためには現場のスタッフのモチベーションがとても重要であるが前向きに頑張ろうという気持ちを確実に与えてもらった。」と述べており、公的機関の存在が現場スタッフにまで広く影響力を及ぼしたことがうかがえる。

さらにおかやま活性化ファンドはファンドから投資している企業間同士の連携も後押ししている。同社は業連携を通じて、新たに広島の漁港から鮮魚を仕入れることができるようになった他、共同仕入れによって従来よりも安く仕入れることが可能になった。通常、漁獲量によって仕入れ価格は変動するがお客様に価格を転嫁することは難しい。だからといって価格が高いことを理由に仕入れ数を減らしてしまえばお客様が求めるお寿司を提供できない恐れもでてくる。平常時でさえ原価率が4~5割前後を占める回転寿司店にとって鮮魚の仕入れは生命線であるといえる。したがって、仕入れ先の拡充や共同仕入れは多様な鮮魚を安定・安価で仕入れることに繋がるため同社の経営に与えるインパクトは大きい。その他、例えばケーキ屋さんがこだわって作ったケーキを仕入れてメニューに加えたり、逆にスーパーやお弁当屋さんに同社が仕入れた鮮魚を卸したりもしている。

池田社長は「皆さん岡山を地場とした企業ばかりなので、協力し合えるところは積極的に協力して、お互い助け合いながら事業を運営している。このような連携はおかやま活性化ファンドだからこそできる取り組みだと感じている。」と語っている。おかやまキャピタルマネジメントの担当者も「ファンドから投資を行っている企業同士のビジネスマッチングということで、実効性が非常に高い。皆で知恵を出し合ってより良い連携の仕方を模索することができるため割とスムーズに協力関係を築けているのではないか。」と述べている。

上記のような支援の他、おかやま活性化ファンドから大手回転寿司チェーンへコンサルティングを行っていた人物の紹介、LED電球・節水機器等を用いた経費削減、SNSの活用、フェアに向けた商品開発、販促チラシの図面構成に至るまで様々な助言や支援を受けながら再生の道を歩んでいる。

池田社長は再生ファンドの意義について、「私は投資ファンドを経験している人間であるため、若干一般的な見解と異なるかもしれないが、圧倒的に大きく違うのは時間軸である。再生ファンド、特におかやま活性化ファンドは中小機構が出資している官民の再生ファンドであるからこそ短期的な株主利益を追求するのではなく、中長期的な視点で企業に寄り添った支援を行って頂ける点が決定的な差であると感じている。」と述べている。

今後の事業の展望について

お客様のニーズに合わせて常に変化

おかやま活性化ファンドの支援を受けながら様々な改革を行ってきた池田社長であるが、最後の砦として位置づけていたのが物流改革であった。
大型の物流倉庫を用いて各店舗へ配送していた従来の物流システムは、店舗が100店舗を超えていた時代のものであり、規模がその時の半分以下となった現在ではむしろ効率が悪くなっていた。そこで、新たに取引先と協力して現状の規模に見合った物流システムを再構築した。同社は効率性を高めた新しい物流システムによって、大幅な固定費削減を目指している。また、今まで回転寿司を中心に展開してきたが、新たな業態開発に取り組んでおりカウンター16席、テーブル6席程の小規模なお店で職人が握る寿司店「貫太のすし」を本社がある岡山市に出店した。

池田社長は将来のビジョンについて、「一つ目に、我々の今現在の中心業態は回転寿司であるため、引き続きオペレーションの強化を行っていく。ただ、増税が与える影響、外食産業も含めた競合他社の動き、マクロ的には景気の動向等もおさえた上で、お客様が何を求めているのかを正確に掴んで我々も常に変化していかなければならない。私が就任した時には既存店舗を『海都』へモデルチェンジしたが、場合によってはまた新たなコンセプトのもとでモデルチェンジを行うかもしれない。お客様のニーズに合わせて、常に変化していく必要がある。二つ目に、新業態の『貫太のすし』である。外食産業の王道はスクラップアンドビルドであり、出店をしなければ会社の規模は徐々に小さくなっていく。しかし、回転寿司の出店はコストが高く、我々の現状から考えると現実的ではない。そこで生まれたのが『貫太のすし』で、出店コストは回転寿司の10分の1以下で済む。私が小中学生だった30年前を振り返ると、駅前にはまだまだ家族で営んでいるお寿司屋さんがあった。お祝い事があると両親に連れていってもらい、目の前で職人さんが握ったお寿司を楽しむという文化があった。しかし、回転寿司が出店を加速させると、そのようなお寿司屋さんは消えていってしまった。今も残っている回らないお寿司屋さんは1人1万円以上するような高価格帯が多く、家族で気軽に楽しめる値段ではない。そこで、『昔は必ず町に一つはあった少し贅沢のできるお寿司屋さん』へのニーズがあるのではないか、との仮説をもとに試験的に出店したのが『貫太のすし』である。厳選された鮮魚の仕入れ、職人の技術といった我々の強みが十分に発揮できるだけでなく、出店コストも小さいため小回りを利かせた運営ができる。今後、我が国では人手不足がさらに深刻化して人件費も上がっていくと予想されるが、回転寿司よりも出店・運営コストが抑えられる『貫太のすし』は、10~20年先、もしかしたら我々の中心業態となっているかもしれない。いずれにしても、中長期の視点も持ちつつ、引き続きお客様のニーズをしっかりと掴み、そして応えていく経営を行っていきたい。」と意気込みを語っている。

社長から経営者へのメッセージ

池田賢代表取締役社長の画像
代表取締役社長 池田賢

1つ目は、経営者として会社の状態を数字として掴むこと。自社の損益計算書・貸借対照表はもちろんのこと、他社の状況も数字として掴む。競合他社の店舗に対して「なんとなく成功している」ではなく、今の客単価や客席回転率はどの程度なのかを数字として掴んだ上で自社の経営にあたること。100歩譲って数字的な部分が不得手であるならば、数字に強い人間を必ず参謀に置くこと。

2つ目は、現場で働く人たちが実際に何を考えているのか、何を求めているのか、何を良しとしていて何を悪しとしているのか、そこを正確に掴む努力をすること。そして、それを踏まえて現場の人たちが100%の気持ちで動いていけるようなマインドを醸成していくことが組織を動かしていく上で一番重要。当然、雇用する側とされる側では決定的な立場の違いがあるので非常に難しいことではあるのだが、コミュニケーションの頻度を高めて丁寧に取り組んでいく必要があると思っている。

3つ目は、私自身が大切にしていることなのでアドバイスになるのかは分からないが、楽しみながら仕事をすること。経営者の方々にはそれぞれ気苦労があると思うが、でもそれが経営者だと思うのでその状況さえも楽しめるように意識をもっていく。当然、ポジティブな人もいればネガティブな人もいる。しかし、ネガティブな人であっても楽しんでやっていこうと自分自身に暗示をかけていく。そうすると口の先から発せられる言葉が自然と変わってくる。経営者の発する言葉は立場上大きな力を持つ。同じことを言っていても、ネガティブなトーンで言うのと、ポジティブなトーンで言うのとではそれを聞いている社員や取引先に与える影響は自ずと変わってくる。したがって、私は一貫して仕事を楽しむということを大切にしている。

再生ファンド運営会社の声

同社を投資するに至った判断のポイント

ジャスダック証券取引所に上場後、平成19年の「びっくり本舗」によるTOB以降、オーナーチェンジが繰り返され事業基盤が弱体化。更に平成24年に経営破綻した「おたる寿司」の店舗跡への出店が失敗し、業績の悪化とともに資金ポジションが低下。金融機関との意思疎通も不十分となりメイン中国銀行よりファンドへ相談が持ち込まれた。

岡山以西での知名度は相応にあり十分な店舗網・技術力のある従業員が多く存在する等、経営に十分な事業基盤を確認。また、従業員180名・臨時従業員341名(2014年10月31日時点)の雇用、仕入業者も多岐に亘り、経営破綻の地域経済への影響は大きく、ファンドの支援対象となると認識。DDの結果、長期的な視点に立ってガバナンスを構築し、オペレーションの見直しや従業員教育を行うことを前提に改装や効果的なフェアを断続的に行うことで業績の改善見込みが高いと判断。今後の再生をリードする経営体制が構築できることも投資決定の重要な判断材料となった。

再生ファンドの視点から見た同社の成功要因

経営陣と従業員の再生に向けた意識の改革と断続的な努力

  • 従業員が主体的・能動的に経営・業務に関与できる環境の整備、雰囲気の醸成を経営陣が取り組んだこと
  • 企業、メイン金融機関(中国銀行)を含む金融機関、ファンドが一体となって再生に取り組んだこと
  • チャレンジをテーマに計画的に施策を積み重ねてきたこと、また、日常的に企業とファンド間の情報格差をなくすことで経営にマイナスの事象に対してはタイムリーに対処してきたことが成功要因といえる。

おかやまキャピタルマネジメント株式会社

  • この事例は取材した当時の内容をもとにとりまとめを行っているものです。
    従いまして、現在の企業様の事業内容等と異なる場合がございますので、予めご了承くださいますようお願いいたします。
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