マイコプラズマ感染症の診断法や治療・予防ワクチン、抗体医薬の開発を進めるバイオベンチャー
2022年 2月 10日

マイコプラズマ感染症は“風邪”症状で診断がつきにくく、慢性化すると難病を含む多様な全身症状につながることが知られています。松田和洋医師は自ら発見したマイコプラズマ抗原に関する研究基盤をコア技術として起業し、2005年にエムバイオテック株式会社を設立。千葉大亥鼻イノベーションプラザで診断用検査技術やワクチンの研究開発を進めています。同社の起業までの苦労、事業やその特徴などを、松田 和洋代表取締役に伺いました。(2021年10月取材)
インタビュー
- お話
- エムバイオテック株式会社(千葉大亥鼻イノベーションプラザに入居)
代表取締役 松田 和洋 氏
起業、会社のおいたち
マイコプラズマ感染の診断法を開発されたとお聞きしました。

私は1990年に2種類のマイコプラズマ細菌の表面の膜に存在する特異的な糖脂質(GGLsとGGPLs)を発見しました。そして共同研究等により、それを精製して化学合成することに成功して起業し、脂質抗原抗体検査法"MID Prism"を開発しました。
現在、世界で使われ日本でも承認されているマイコプラズマ感染の診断法は、痰や咽頭のぬぐい液を採りマイコプラズマのDNAを増幅して検出するPCR法と、血液中の抗体価を測る方法の2つがあります。前者は当日に調べられますが実際の検出感度が低く、後者は抗体価が上がらなければ測定できず、診断までに1週間以上かかるというデメリットがあります。一方、当社の検査法"MID Prism"は感度・特異度が高いため、症状が出始める前の潜伏感染の状態から感染の有無を判断できます。したがって、抗体価は低くても感染の可能性がある慢性患者に対しても使用できます。
大学病院の研究者から会社設立に至った経緯をお聞かせください。
私は1985年に山口大学医学部を卒業して血液内科で白血病などの治療に携わっていました。免疫や感染に興味があり、また血液の病気は治療が難しく、治療法を開発できればと思っていたことが血液内科医を目指した理由です。
当時からマイコプラズマはウイルスや他の細菌と重複して感染すると細胞をより傷害することがわかっていました。そのため、マイコプラズマ感染の診断やワクチンに使える物質を探そうと考えました。
感染や免疫は“外部”との接触がきっかけなので、メカニズムの解明には細胞の中にある遺伝子ではなく細胞の表面膜にある糖脂質抗原という成分に手がかりがあると考えて研究を進めました。そして、マイコプラズマの細胞膜からGGLsとGGPLsを見つけ、国の助成金などの支援を受けて、それを人工的に化学合成する技術を開発しました。しかし実用化を進めようにも、当時はまだ「研究者がお金儲けを考えるとは何事か」といった風潮があり、産学官連携の基盤がありませんでした。
1995年から公衆衛生学や感染症学に強い米国Johns Hopkins大学や米国国立衛生研究所(NIH)に留学しました。米国ではすでに医薬品関連の起業が盛んで、ベンチャーがライセンスアウトする企業を探す流れができていました。そこでライセンスアウトを目指して日本の製薬企業と話をしたり助成金を探したりしましたが、うまくいきませんでした。それでもやはり日本で実用化したかった。帰国後2005年に起業しました。発見してから15年かかりましたね。
検査法の実用化は進んでいますか。
開発した脂質抗原抗体検査法"MID Prism"は、現在、国内の50ほどの医療機関と提携し、マイコプラズマ感染症の疑いがあると医師が判断した患者さんに承諾をもらい、使用データを集めています。1回の検査で12万円と高額ですが、多様な症状に悩み、診断がつかなかった患者さんがマイコプラズマ感染症とわかったら、マクロライド系などの抗菌薬で治療できるため、待っていた医師も多く、近く米国の有名クリニックとも提携の話を始める予定です。
事業の展開と現在
新たに取り組まれている事業はどのようなものですか。
診断に続くターゲットはワクチンです。
当社はGGLsとGGPLsを抗原として、マイコプラズマに対する抗体を誘導するマイコプラズマ模倣粒子を開発しました。この粒子をワクチンとして、マイコプラズマ感染が確認された希少疾患である免疫難病の患者さんに投与して、免疫を賦活化します。将来的には感染予防としても使えるはずです。
抗原の作製では、結晶化条件を調整し、収率を計算しながら数種類のパーツを作り、それを組み合わせるという難しく長いステップが必要でした。現在、その合成をオランダの企業に依頼して、大量生産への見通しが立ったところです。
次のGMPに向けての資金調達のステップがベンチャー企業にとっては厚い壁になります。2020年に投資を受け、本格的に製品化の準備をしています。大手製薬企業と覚書を交わし、前臨床・臨床試験に向けて準備中で、3年後を目途にまずは指定難病である慢性炎症性脱髄性多発神経炎やその亜型とされる多巣性運動ニューロパチーに対しての臨床試験を計画しています。
肺炎球菌ワクチンは1兆円規模で販売されています。身近で感染しやすいマイコプラズマ感染症では、肺炎だけでも同様の規模が見込めるだけでなく、難病の治療や予防にも使える可能性があるので、大きなビジネスになると予想しています。
さらに、マイコプラズマ模倣粒子を使って特異的なモノクロナール抗体も作製しました。現在、非臨床試験を行っており抗体医薬に育てていきます。
そして、これから
マイコプラズマ感染症に関わるネットワークづくりがカギになりそうですね。
脂質抗原抗体検査法"MID Prism"は、データが集まり有効性を示せれば、診断法として保険収載を目指す予定です。ワクチン開発については、ボストンなど米国の医薬品クラスターや英国にも視察に行き、グローバル連携を模索しています。やはり日本から世界に向けて製品を出したい。新型コロナウイルス感染症(COVID-19)のワクチンでもわかるように、海外の技術を使った医薬品は日本では購入するしかありません。日本の税金を使って開発した技術は、日本でも使ってもらいたいのです。日本に本社を置き、海外にも拠点を置いて、世界の大手の製薬会社と対等に付き合えるには今が踏ん張りどころだと思っています。いまこそ、国にはしっかりサポートしてほしい。
ところでCOVID-19感染者のうち、10-20%程度の人に後遺症が出るといわれています。COVID-19の肺炎や後遺症とマイコプラズマ感染の症状は大変よく似ていて、私は後遺症が出る人にはマイコプラズマが重複感染している可能性を疑っています。現在、後遺症の治療を担っている医師と連携して血清を集め、マイコプラズマ感染症との関連を調べ始めました。
このことを明らかにしたところ、JETRO の支援で参加した国際展示会で100-150社から情報交換のリクエストを受けています。海外展開に向けてグローバルハブプログラムなど積極的な支援に変わって来ていますね。昨年は、厚生労働省主催のジャパンヘルスケアベンチャーサミット(JHVS2021)でグローバルピッチの8社中1社に選定され海外への発信を行いました。今後、創薬系ベンチャーには省庁を超えた、国内と海外展開の両面からの支援がますます重要になってくると思います。
また、当社のwebサイトをリニューアルし、英語版も作成して、動画を入れるなど工夫したことも効果があるようです。これまで手が回らなかったのですが、グローバルな連携につながるプロに作ってもらうことができました。
インキュベーションの利用
入居のきっかけ、インキュベーション施設に入居して良かったと感じる出来事を教えてください。
もともと産業技術総合研究所のタスクフォースベンチャーに選ばれ、臨海副都心にある同研究所のインキュベーション施設に入居していました。
千葉大亥鼻イノベーションプラザを選んだのは、千葉大学に共同研究をしている研究者がいたことと、何よりもキャンパス内にあることで遺伝子や細胞を使う基準を満たしているのが魅力でした。ベンチャー企業が単独でバイオ研究用の設備をすべて揃えることはとてもできません。創薬につながる新しい技術もここで生まれてきています。
また、中小機構が主催する新価値創造展への出展を後押ししてくれたのもありがたかったですね。創薬系ベンチャーはこの展示会にそぐわないかと思っていたのですが、2018年度に新価値創造賞を受賞し、報道されるなどで認知が高まりました。ほかにも関連企業を紹介してもらうなど、お世話になっています。
今後インキュベーション施設を利用する方へのメッセージ
ベンチャー企業にとっては、経営戦略や知財戦略の立案、会計、人脈づくりといった重要な仕事をインキュベーション施設で支援してもらえるのは助かります。バイオベンチャーであれば、設備面や創薬システムの理解があるかも重要です。条件が合えば、入居をおすすめしたいです。何よりもポジティブに応援していただけることがありがたいです。
会社情報
- 会社名
- エムバイオテック株式会社
- 代表取締役
- 松田 和洋
- 所在地
- 千葉市中央区亥鼻 1-8-15
千葉大亥鼻イノベーションプラザ
- 事業概要
- マイコプラズマ感染症診断薬・治療薬・ワクチンの開発
マイコプラズマ感染症に対する各種予防未病医療の開発
会社略歴
2005年1月 | エムバイオテック株式会社設立 |
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2007年6月 | マイコプラズマ糖脂質抗原物質特許出願 |
2010年6月 | 産業総合研究所のプロジェクトの一環として、マイコプラズマ感染症用ワクチンを特許出願 |
2012年4月 | 千葉大亥鼻イノベーションプラザに入居 |
技術紹介
マイコプラズマ細菌に特異的な抗原の発見と化学合成
マイコプラズマは最小の細菌で、ウイルスのように小さいため、感染すると全身に広がりやすく、かつ自己増殖する。細胞壁がないためペニシリンやセフェム系の抗菌薬は効果がない。感染力は強く風邪様の症状だが診断に時間がかかり、合併症として肺炎のほか、脳炎やギラン・バレー症候群など多様な全身症状に関連する。
同社はマイコプラズマ細菌の膜に特異的な糖脂質抗原を発見し、共同研究等により構造解析、化学合成に成功。マイコプラズマ感染の検査(診断法)・治療・予防(ワクチン)への展開が期待されている。

担当マネージャーからのコメント

エムバイオテック株式会社は2012年より当千葉大亥鼻イノベーションプラザに入居するバイオベンチャー企業です。「マイコプラズマ感染症」は一般には馴染みの少ない病名ですが、近年従来方法では原因が分からかった体調不良を始め、原因不明の神経難病とされるCIDP(慢性炎症性脱髄性多発神経炎)との原因が解明され、治療を可能とすることが分かってきました。
松田社長はこの分野の研究の第一人者として、広く万人のマイコプラズマ感染防止につなげるワクチン開発に情熱を傾け、国内外のサポート機関や大学・企業と粘り強く関係性を構築し、臨床開発の扉に手をかける段階に進んできています。今後もIM室として強力なサポートで背中を押していきたいと考えております。
千葉大亥鼻イノベーションプラザ
チーフインキュベーションマネージャー 宗像 令夫