半導体事業の民主化を掲げ、少量多品種のカスタムLSIを超低コストで開発する福岡のファブレスベンチャー
2020年 10月 13日

IoT、AI、ロボット、システム等の先端ものづくりを支援する「福岡システムLSI総合開発センター」。ここに入居する株式会社ロジック・リサーチは、世界的に半導体事業の統合が進む中で、カスタムLSIに特化し、ファブレスでユーザーに最適化した設計・開発、品質保証までを含めた受託製造を行っています。究極の多品種少量生産を追求する同社の代表取締役社長 土屋 忠明 氏に、起業の経緯や今後の展望についてお話を伺いました。(2020年8月取材)
インタビュー
- お話
- 株式会社ロジック・リサーチ(福岡システムLSI総合開発センターに入居中)
代表取締役社長 土屋 忠明 氏
起業、会社のおいたち
なぜ、日本の半導体企業が隆盛を誇っているときに独立されたのですか
1992年12月に大手電機メーカー(半導体事業部)を退職して、株式会社ロジック・リサーチを設立しました。当時はまだ日本の半導体企業が世界のトップ10にずらりと並んでいました。
独立したのは、自分でLSIを開発・製造してみたいと思ったからです。昔は今のような社内ベンチャー制度はなく、自分の思いを実現することは難しいと感じていましたが、アメリカのシリコンバレーでは、成功するベンチャー企業が続出していましたので、自分もやる気になれば成功できるのではないかと考えて独立することに決めました。
会社設立時からカスタムLSIの開発を目指したのですか
会社設立時は、カスタムLSI(Large Scale integration)の開発に特化しようとは思ってもいませんでした。会社を設立して間もないころに九州大学の教授に出会いまして、共同研究を通じて「再構成可能なLSI開発」に関する特許を出願できました。この特許をもとに事業展開しようと考えたのですが、資金、製品開発力、マーケティング力が不足しておりましたので、事業展開は断念しました。しかしながら、特許自体は現在のスマホ等で使用されている技術の基礎なので、エンジニアとしての目の付け所は良かったと思うのですが、「特許とビジネスは別物」、「良い技術があってもビジネスで負ける」という苦い経験をしました。
この経験と前職の半導体メーカーの経験から、大手企業とまともに戦うより、大手企業が苦手で最も嫌う少量多品種というニッチな市場を選択することの重要性を痛感し、少量生産カスタムLSIだけを出すと決めました。また、ベンチャー企業が生き残る上では、自社で開発体制、生産体制、販売体制(代理店含む)を全て整備して、在庫負担や販売手数料を支払うということは現実的ではないという結論に至りました。当社はファブレスとして自社でLSIを開発するにあたり、ソフトウェア設計パートナー、ハードウェア設計パートナー、ファウンドリ(製造委託先)、パッケージ組立、LSIテストハウス、大手半導体メーカーと連携しながらお客様のニーズに応えるようになりました。
事業の展開と現在
これまでの事業展開を考えたときに何か大きな変曲点はありましたか
2000年に半導体ファブレスのビジネスモデルを始めたことが大きいです。のちに世界最大のファウンドリとなった台湾のTSMCに製造委託したことです。今やおそらくTSMCと取引している世界で一番小さな会社が我が社ではないでしょうか。これにより当社の信用度も向上しました。
その次は、2007年に大手半導体メーカーから生産を終了した製品(EOL:End of Life)の回路情報を入手して、ユーザー向けにカスタムICを開発・製造したことが挙げられます。そして、やはり2009年に福岡システムLSI総合開発センターに入居したことも。ここには半導体設計ツールや評価ツールが揃っており、当社のビジネスが加速しました。
御社が得意とするロングテールASIC、EOL対策について教えてください
世の中には、計算や記録をするための汎用的な半導体(汎用LSI)と顧客ニーズに応えるための半導体(カスタムLSI)があります。中でもASIC(Application Specific Integrated Circuit)は、特殊な機能を実現させるための完全オーダーメイドなカスタムLSIです。ASICは高性能で無駄のない回路を実現できますが、一方で金型投資が必要で製造コストが非常に高くなるという課題があります。通常は、約1億円の投資が必要で、10万個以上の生産量がなければ回収はできません。
我々は、大量生産をしない中小規模のファウンドリと契約し、設備の空き稼働時間を計画的に利用することで、約1,000万円の投資で生産可能な体制を構築しました。このような体制はお客様、ファウンドリ、当社にとってWin-Winの関係であり、これまで実現が困難だった少量多品種の、つまりロングテールASICを製造することが可能になりました。
カスタムLSIの中には、FPGA(Field Programmable Gate Array)と呼ばれる「現場で構成可能な回路アレイ」もあります。FPGAは何度でも書き換え可能で、試作段階まではコスト的に非常に優位性があると言えるのですが、最終製品にするには処理速度が遅く、無駄な消費電力が発生するという課題があります。また、FPGAはデジタル信号しか処理ができませんが、ASICではデジタル信号とアナログ信号の処理が可能になるという利点があります。当然、最終製品はASICにすることが望ましいのですが、これまでは高額であるということで諦めてきた企業も多くありました。当社が構築した体制をご利用いただくことで、これまでASICを諦めていた半導体設計者にも新たな価値を提案することができるようになりました。
EOL(END of LIFE)というのは、半導体に限った話ではなく電子部品全般に言えることですが、電子部品メーカーが、これまでに開発・生産した電子部品を生産中止することを言います。そうなるとその部品を利用してきた製品メーカーが困るわけです。製品を継続的に提供するためには類似の電子部品を探して設計変更をしなければなりません。これが結構頻繁に発生しており、電気設計者の頭を悩ませているのが現状です。このような時には当社を利用していただくと、最適化した仕様で必要な数量をカスタムLSIとしてご提供することが可能ですので、お客様は本来的でないEOL対策に煩わされなくなり非常に感謝されています。
これを別の視点から捉えると、世の中ではコストダウンのために一社集中購買を進めてきましたが、新型コロナウイルスや災害などによりサプライチェーンが寸断されてしまうということが実際に発生しました。リスクヘッジとして、平常時から、部品調達の9割は大手半導体メーカー、1割は当社に割り当てておくことで、BCP対策にもなります。半導体を購入されている企業様には弊社を活用して欲しいです。
そして、これから
半導体事業の民主化を実現したい
世の中を変えたいという強い思いがあります。我々が目指しているのは、半導体事業の民主化です。
基本的に半導体事業は多額の資本がなければできません。我々はカスタムLSIの開発・生産革新を起こしたい。大量生産をしない半導体は小さな工場で実現しようという構想です。現在、国立研究開発法人産業技術総合研究所、一般社団法人ミニマルファブ推進機構とともに、カスタムLSIを1個30万円で開発・生産するための研究開発を進めています。
クリス・アンダーソンが「MAKERS-21世紀の産業革命が始まる」で提唱したように、誰もが簡単にモノづくりができる社会はもうすぐそこまで来ています。しかし、カスタムLSIの開発に約1億円の投資が必要だとしたらクラウドファンディングでも集まらないと思うのです。その時に「カスタムLSIを1個30万円で開発可能」と言えば、相当魅力的なのではないでしょうか。将来的には「1個5万円」を可能にしたいと考えています。
これからはAI・IoTの時代です。カスタムLSIの重要性は益々増すでしょう。我々は面白いことを実現したいという人が面白いことを実現できる環境を提供し、世の中を変えていきたいと思っています。
インキュベーションの利用
入居のきっかけ
福岡LSI総合開発センター設立委員会のメンバーとして参画していたことです。
入居しての変化
設計ツール、評価ツールが揃っているので、巨額の投資をすることなく、ファブレスで事業を始めることができました。また、福岡県をはじめとする多くの助成金情報などがタイムリーに入ってくるので大変助かりました。
入居して良かったこと、将来の入居者へのメッセージ
仕事は1社だけでは実現できません。周囲に仲間がいる方が良いと考えています。福岡LSI総合開発センターには先輩企業がたくさんいます。先輩企業の失敗談を聞くと良いと思います。私は何もわからずに失敗しました。今思えば、成功例より、失敗例の方が大事と思います。
起業すると苦労もたくさんありますが、好きなことに没頭していると、「生きている」という実感を持つことができます。
会社情報
- 会社名
- 株式会社ロジック・リサーチ
- 代表取締役社長
- 土屋 忠明
- 所在地
- 福岡県福岡市早良区百通浜3丁目8番33号 福岡システムLSI総合開発センター
- 事業概要
- LSIの開発・製造・販売
会社略歴
1992年3月 | 半導体メーカーからの受託設計(通信用GA)を開始 |
---|---|
1992年12月 | 株式会社ロジック・リサーチ設立 |
2000年5月 | 半導体ファブレスメーカーのビジネスモデル開始 |
2007年12月 | CPU組込みASICの開発完了 |
2010年6月 | ファブシステム研究会でミニマルファブの研究開発スタート |
2018年1月 | EOLマイコン(M32R)開発スタート |
2019年11月 | EOLマイコン(H8、M32R)ES出荷 |
製品紹介
EOL製品のリメイク開発

生産中止を迎えたロングテールASICを最新の手法や顧客の仕様に合わせて再開発した製品。同社はファブレスでの多品種少量生産に特化することで、ゲートアレイ/ASIC製品やマイコン製品のリメイクで多数の開発実績を上げている。
担当マネージャーからのコメント

ICT化が急速に進む社会の中でAIやIoT等の技術革新を支える基幹要素でもあるLSIチップはあらゆるデジタル機器に使われており需要は世界的に拡大しています。LSI市場は先端機器用途の「先端市場」に加えて、その適用範囲の広さから「民主化(多様化・特殊化・少量対応)市場も大きな流れになりつつあります。
(株)ロジック・リサーチはLSI産業の民主化市場に軸足をおいた「LSIチップを開発・供給する企業」で、代替え需要が高まっているEOLチップやロングテールASICを開発・供給しています。
大学や研究機関、大企業との技術開発連携ネットワーク、TSMC(Wプロセス)等や国内企業(実装プロセス)とのLSIチップ供給サプライチェーンネットワークが大きな強みです。
土屋社長の熱い思いとリーダーシップ、高度なLSI設計や新技術開発を支える優秀な技術者陣も事業を支える強み要素となっています。
下火の国内半導体産業ですが、今まで培ってきた日本の「半導体技術力」と関連の大学・研究機関・企業ネットワークは健在であり、新たな成長を狙っています。(株)ロジック・リサーチもそんな企業の一つです。これからのデジタル技術の進化の中で、先端ソフト技術とハード技術(LSIチップ)の融合時代の中での大きな企業発展、そんな企業発展が福岡LSIからでることを期待して応援しています。
福岡システムLSI総合開発センター
チーフインキュベーションマネージャー 原田 英次