IoT時代のケミカルセンシングの可能性を追求する東北大学発ベンチャー
2020年 1月 27日

T-Biz(東北大学連携ビジネスインキュベータ)の入居企業は、8割が東北大学を中心とした大学発ベンチャーです。東北大学で発見された物理現象をもとに開発したボールSAWセンサーを究極の「嗅覚」として、センシングデータを価値ある情報に変えるソリューションの開発に取り組むボールウェーブ株式会社の赤尾社長に、起業の経緯や今後の展望についてお話を伺いました。(2019年8月取材)
インタビュー
- お話
- ボールウェーブ株式会社 (T-Bizに入居中)
代表取締役社長 赤尾 慎吾 氏
起業、会社のおいたち
ボールSAWと起業の経緯について教えてください
ある種の結晶体は圧力を加えると電流が流れ、電圧を加えると振動する性質があり、圧電体と呼ばれています。圧電体上に電極を離して置き、高周波信号を流すと表面波(Surface Acoustic Wave = SAW)が発生します。通常、表面波は伝搬とともに広がって減衰してしまうのですが、東北大学の山中一司教授は、ボールベアリングを超音波検査している際に、球体では、表面波が赤道上を「広がらずに、同じ幅を保ったまま伝搬する」という現象を発見しました。この長距離伝搬現象はそれまでの物理学の常識を覆す大発見で、この原理を利用した共同研究に企業の研究員として参加したのが私の山中教授との出会いです。
私自身は、そこで圧電素子のひとつである水晶を用いて、水晶球の赤道上にすだれ状電極と感応膜を設置した「ボールSAW」を気体分子の超高感度センサーとして開発していたのですが、2014年に私が所属していた企業が共同研究を終了しました。しかし幸い東北大学未来科学共同研究センターの特任准教授として研究を続けられることになり、企業を退社して、文部科学省の「大学発新産業創出プログラム(START)」の支援を受け、2015年11月に山中教授を含むメンバー4人でボールウェーブ株式会社を設立しました。

創業メンバー(左から赤尾慎吾CEO、山中一司CSO、塚原祐輔COO、竹田宣生CTO)
事業の展開と現在
超微量水分計の事業化に成功したとお聞きしました

水晶球の赤道上をSAWが音速で周回している状態下で、球面上の感応膜が気体分子に反応するとSAWの伝搬特性がわずかに変化します。100周回すると変化量も100回分累積されるので、ごく低濃度でも計測可能です。
まずは半導体製造などでニーズのある超微量水分計を実用化しました。従来の水分計は高精度になるほど大型になるのが課題でしたが、わずか直径3ミリのボールSAWセンサーにより、空気中の水分量をppb(10-9)レベルからppm(10-6)レベルまで、応答速度1秒以内で検出するポータブルサイズの微量水分計の量産化に成功した段階です。
これまでご苦労はありましたか
苦労がないと言ったら嘘になると思いますが、大企業と大学の両方を経験し、原理をビジネスにする仕事に携われる喜びはそれに勝ります。メンバーにも言い出したことは自分で結果を出すまでやる、創意を自由に試してよいが結果は社内に共有する、「有言実行」の方針で取り組んでもらっています。こういう研究室なので、難しい水晶の球体加工プロセスの改善や製品のコンパクト化などがどんどん実現します。常に挑戦を続けていると数か月のうちに試作品や検査機器が次々と変貌していきます。秘密は守りつつも、いつ誰が研究室に来ても、最新の状況を見て触れて楽しんでもらえる「ディズニーランドのような」研究室を目指しています。
しかし、我々だけではここまで乗り切ることはできませんでした。起業してからは文部科学省、科学技術振興機構(JST)だけでなく、関係機関の皆様に多大なサポートを受けてきました。例えば1999年、2000年にボールSAWの技術を論文発表したところ、多くの企業から関連特許が出て、我々の事業化の障害になりかねない状況でしたが、TLOである(株)東北大学テクノアーチに特許の整理をサポートしてもらい、競合が現れにくい環境が出来ました。
資金調達面でも、特定研究成果の活用支援を行う東北大学ベンチャーパートナーズ(株)から出資を受けて、順調に次のステージに進むことが出来ました。今では多くのVCから出資を受けて、シリーズBの調達を済ませています。宮城県、仙台市からも多大なサポートがあり、2019年には仙台未来創造企業の認定を受けました。経済産業省のJ-Startupにも選定されています。中小機構からも、原価管理、販路開拓支援など事業化のサポートを受けてとても感謝しています。
そして、これから
今後の展望をお聞かせください
超微量水分計の量産化に続いて、手のひらサイズの携帯型ガスクロマトグラフも試作品を開発しました。こうした多様なガス検知センサーの開発を通じて、IoT時代のケミカルセンシングの可能性を追求していきたいと考えています。つまりセンサーや計測器というハードの開発を、これからはサービスの開発につなげたいということです。例えば、ドローンを活用した大気汚染モニタリングサービス、食品等の物流鮮度サービスなどが考えられます。


最終的には生体や宇宙などに誰も挑戦してこなかったソリューションを提供していきたい。呼気による医療診断や、惑星・フロンティアの水探索など、夢は広がります。2019年11月にはJAXA宇宙探査イノベーションハブにも採択されました。個性尊重、結果重視で熱くなれる、リスクがあってもやってみたいことができるから面白い、先を見据えて本気で挑戦できる、そんな企業でありたいと考えています。そのためには事業を確実に推進して利益を確保し、信頼を得て、次の世代に渡していきたいです。我々のスローガンは「Beyond the Wave」です。つまり次世代はボールSAWにこだわる必要はありません。自分たち自身を乗り越えて行ければ最高ですね。
インキュベーションの利用
入居のきっかけ
山中教授の研究室が、東北大学未来科学技術共同開発センター(NICHe:New Industry Creation Hatchery Center)内にあったことがきっかけです。東北大学はデザインが素晴らしく、研究を行う場であるNICHeの隣に、事業を行う場である東北大学連携ビジネスインキュベータ(T-Biz)があり、自然とつながるようになっています。
入居しての変化
一番の変化はマインドセットと売上です。大学では研究者でしたが、T-Bizに入ってビジネスにしなければという意識が強くなりました。T-Bizは大学の中にあり、かつ大学の外につながっていくという感覚があります。起業家育成を促進する「東北大学スタートアップガレージ(TUSG)」の活動も盛んで、学生のインターンシップを受け入れるきっかけになりました。
入居して良かったこと、将来の入居者へのメッセージ
研究者が経営者になるわけですから、知らないことも多々あります。そのような時に常駐のインキュベーションマネジャーが、転ばぬ先の杖として様々なサポートをしてくれます。組織のガバナンスについて学ぶこともでき、中小機構のネットワークで販路開拓CO事業を紹介してもらえたことがインフラ事業への参入のきっかけになるなど、この環境を有効活用しない手はないでしょう。
会社情報
- 会社名
- ボールウェーブ株式会社
- 代表取締役社長
- 赤尾 慎吾
- 所在地
- 仙台市青葉区荒巻字青葉6-6-40 東北大学連携ビジネスインキュベータ 501
- 事業概要
- センサー開発・製造・販売事業
センサー及びこれを用いたシステムの製造、販売及び輸出入
センサーに関する研究・開発・コンサルティングの受託事業
会社略歴
2015年11月 | ボールウェーブ株式会社設立 |
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2016年9月 | 東北大学ベンチャーパートナーズ株式会社ほかから第三者割当増資 |
2018年10月 | 微量水分計「Falcon Trace mini(FT-300WT)」販売開始 |
2018年11月 | 第三者割当増資によって6億円の資金調達 |
2019年11月 | JAXA宇宙探査イノベーションハブの研究提案募集に採択 |
技術紹介
ボールSAWセンサー

赤道上にすだれ状電極と感応膜を設置した直径約3mmの単結晶水晶球。
水晶は圧電体なので、電極に電圧をかけると表面波が発生し、球の表面赤道上を周回する。
通常、波は伝搬に従って広がり減衰するが、水晶球上では周回しても同じ幅で伝搬する現象をセンサーに応用した。
気体分子による感応膜の弾性変化が表面波の伝搬特性に及ぼす影響を周回で累積させることで、ごく微量の気体でも高感度に計測できる。また感応膜を変えることで様々な種類の気体の測定に応用できる。
水晶球は高温・高圧耐性、高耐食性であり、このセンサーを用いた高速、高感度でありながら小型の微量水分計やガスクロマトグラフなどが開発・製造・販売されている。
担当マネージャーからのコメント

「市場を創造する」という熱い想いがボールウエーブ社の赤尾社長からはいつも感じられ、常に疾走を続けている計測系先鋭技術を持つ大学発スタートアップ企業です。中核となる要素技術を多面的に考え、市場で今までは計測が出来なかった事象を計測可能にする為の施策を、積極的にスピード感を持って模索する姿勢は同社の大きな特徴とも言えるでしょう。
2015年に起業してから4年、経済産業省がグローバルに活躍する勝てるスタートアップ企業として「J-Start Up企業」に2019年度に選出されたほか、更に、同年、仙台市がIPOを目指して成長期待が出来る企業として「未来創造企業」にも認定されました。
いよいよ本格的な事業の開始です。同社には、今までに無い不可能を可能にする計測技術で、大きな飛躍を遂げていただきたいと思っていますし、宮城発で世界に冠たる市場創造型の企業になっていただければと望んでおります。IM室では、未踏領域に果敢に挑戦するイノベーティブな同社の事業化に最大限の支援をして参ります。
T-Biz
チーフインキュベーションマネージャー 工藤 裕之