ナノデバイスでがん治療の革命を目指す東工大発ベンチャー
2019年 11月 12日

理工系総合大学である東京工業大学(以下、東工大)のすずかけ台キャンパス内に立地する「東工大横浜ベンチャープラザ」。ここに入居するメディギア・インターナショナル株式会社は、東工大と共同で、薬ではなく生分解性の腫瘍封止ナノデバイスでがん細胞を兵糧攻めにする新療法の開発に取り組んでいます。代表取締役 田中武雄氏に、起業の経緯や今後の展望についてお話を伺いました。(2019年8月取材)
インタビュー
お話:代表取締役社長 田中 武雄 氏
起業、会社のおいたち
起業したきっかけについて教えてください

起業のマインドセットとしては、東京工業大学大学院(工学)を修了するときに担当教授から「事業を起こす人物になりなさい」と指導を受けたことが遠因だと思っています。
大学院修了後は、大企業の基礎研究所で鉄鋼プロセスの計装やロボットの開発に携わり、新エネルギー事業のFSや半導体事業への参入シナリオ策定など、合弁事業を含む新規事業のセットアップを国内外で体験しました。その中でITビジネスのバブルに疑問を感じるようになり「中身のあるIT事業」を目指して独立し、「暗号システム」「ビッグデータ」や「超高速検索エンジン」の開発事業に関わってきました。
これらの応用分野の1つとして、医療データベースの検索性能向上とデータ共有化を目指していた時に、カテーテルによる動脈塞栓術を長く専門とし、これをがん治療に応用しておられるゲートタワーIGTクリニックの堀信一院長と出会いました。この治療法はがんに通じる栄養血管を塞ぐことで、がん組織を兵糧攻め(無酸素無栄養状態)にするという方法です。外科的処置としては低侵襲で、副作用や薬剤耐性(抵抗性が生じ効きにくくなること)が課題となっている化学療法に比べると生体に優しく、低コストの治療ということで感銘を受けました。しかもカテーテルさえ栄養血管に導くことができれば、がん種を選ばないという点が優れています。これまで治療が遅れていた希少ながん種についても夢の治療が実現する可能性に魅力を感じました。
しかし、動脈塞栓術にも解決しなければいけない課題は残されていました。それは、既存の塞栓材が永久的に生体内で分解しないこと、手技レベルによっては正常組織の血管も塞いでしまうことやがんの悪性化を引き起こす可能性があることでした。この時に、堀先生から「世の中でまだ誰も実現していないから君が改良・進化させればよい」と背中を押されたことがこの事業に取り組むきっかけになりました。
元々は工学系でバイオの経験がないのによくぞ起業を決断されましたね
当社を起業する以前に半導体製造企業や検査サービス事業の立上げを経験する中で、専門分野を深く知っていることと事業を起こすことは違うということを実感していました。むしろ専門外であることで常識にとらわれずに新しいアプローチが可能だと考えています。家族ががんに罹り何とかしたいという気持ちと元来の好奇心の強さが私を突き動かしました。
まずは自分で仮説を立て、東工大産学連携本部の林教授に相談したところ、がんの微小環境研究の第一人者である近藤科江教授を紹介いただきました。そして近藤先生から「東工大ならマウスによる動物実験ができる」、「仮説の実証に挑戦してみる価値はある」というポジティブな方向性を示していただき、2013年4月に起業しました。
並行してバイオやライフサイエンスの基礎的な知識を得るため、自ら再び大学院を受験して博士課程で勉強しました。現在はPh.D. candidateで、特許出願を終えれば論文を書くつもりです。
事業の展開と現在
しかしコンセプトのみで起業して何とかなるものですか
情報関連の仕事をしていた頃、米国シリコンバレーでアイデアだけから起業する姿を目の当たりにしてきました。とはいえ今でこそ皆さん興味を持って話も聞いてくれますが、最初は大企業や投資家・ベンチャーキャピタル(VC)に持ち込んでも相手にしてもらえませんでした。会社を設立した1年目は全く資金がありませんでしたから苦労しましたが、封止剤の候補になり得る材料を提供してくれたベンチャー企業があり、非常に助かりました。
2年目に神奈川県と横浜市の助成金に採択され、これで封止療法の仮説実証に取り組むことができるようになりました。モノが出来たことで少し周囲の評価が変わりましたが、医療ビジネスは時間が掛かるので資金はいくらあっても足りませんでした。その後、新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)の助成事業を活用する中で、徐々に評価されてVCが投資を検討してくれるようになりましたが、初めのころは交渉も一方的で、それまでの開発努力など全く評価してくれないVCもありました。現在ではみらい創造機構(VC)や事業会社からも出資をしてくれるまでになり、やっと本格的開発のスタートラインに立てたところです。
現在の開発状況ですが、マウスでの予備試験で、想定していたように酸素と栄養のブロックにより、腫瘍の増殖が阻害されているデータが得られた段階です。これからより大型の動物での実証実験が始まります。治験を経て承認を取得し製品を患者さんに届けるまでにはまだ数年は掛かりますが、本質を見誤っていなければ、決して諦めないことです。
この封止剤は従来の塞栓材とは何が違うのですか
特許の関係があり、あまり詳しくお話し出来ないのですが、基本的には、塞栓療法とは作用機序(治療のメカニズム)が全く異なります。塞栓材が血管内を閉塞するのに対し、封止剤は血管の外で酸素と栄養を遮断するのです。従って、封止剤のスペックを独自に新たに設計し、誰もやろうとしなかった高分子材料のナノ粒子化を、しかも、生分解性の材料で実現しました。
抗腫瘍効果の原理としては、正常組織の血管はいわば桶でいう「たが」がしっかり巻かれたような状態にあるのですが、がん組織にある新生血管では「たが」が緩んでいる特異的な構造を利用します(EPR効果)。

我々が開発したナノ粒子封止剤(MDX)をカテーテルで注入すると、がん部分では「たが」の隙間から血管外に一部が漏れだして膨潤します。これによりがん組織を選択的に標的してバリアを形成し、兵糧攻めにすることが出来るのです。更に、高分子の架橋反応をコントロールすることで生分解に要する時間を制御可能にした点も重要です。この制御によってがん治療だけでなく眼病やアンチエイジングなど多くの用途開発の可能性が広がりました。
そして、これから
今後の展望をお聞かせください

当社は、標準療法等では厳しい状況に置かれているがん患者に、QOLを重視した低侵襲療法を早く提供するため、まずはニッチながん種で実績を上げ、適応範囲を広げたいと考えています。初めに表在がんをターゲットとして麻布大学でラットによる前臨床試験を行い、さらには国立がん研究センター等と臨床試験に取り組む予定です。
厚生労働省、PMDAからは画期的、且つシンプルな点が評価され、「早く市場に出そう」と励ましていただいています。起業のマインドセットとなった東工大の恩師からは「やるからにはイノベーションを目指せ」とも言われていました。社名に「インターナショナル」を付けているのは、日本発、東工大発の技術で世界の医療に貢献するソリューションを提供していきたいとの思いからです。
全世界の市場は日本の15倍はあると言われています。我々単独では世界に向けての事業展開は出来ませんので、これから国内外の多くのパートナー企業と連携し、ビジョンの実現に向けて加速したいと考えています。nano tech 2019で開発途上ながらも「Research Project Award」を受賞したのは、将来性とインパクトに期待してのことだそうで、責任重大です。

インキュベーションの利用
入居のきっかけ
私が東工大出身でしたので、初めは大岡山キャンパスに相談に行きましたが、ラボに空きがありませんでした。産学連携本部から「すずかけ台キャンパスにライフサイエンス系のインキュベーション施設が出来ているらしいよ」という情報を得て、見学に来たことがきっかけでした。
入居しての変化
東工大の研究室(大学院での所属研究室)との連携ができることが最大の魅力です。様々な研究機関との連携もしやすくなりました。中小機構が全面的に支援してくれるので助かっています。特にインキュベーションマネージャー(IM)が様々な情報の提供や資金調達や販路開拓面でも伴走支援してくれます。
入居して良かったこと、将来の入居者へのメッセージ
苦しい時の相談相手として、IMが心の支えになってくれます。また、インキュベーション間の連携もよく、自社だけでは実現できないことを支援してもらえます。例えば、東工大横浜ベンチャープラザと東大柏ベンチャープラザとの連携により、国立がん研究センター東病院外科長との共同開発や企業提携などにつながりました。ロケーションを活かして様々な研究機関や支援機関とネットワークを構築できることが魅力です。将来の入居者へのメッセージは・・・イノベーションを起こすのは「若者、よそ者、馬鹿者」といわれることがあり、私は後ろの二つに当てはまりますが、これから入居される皆さんはいかがですか?
会社情報
- 代表取締役
- 田中 武雄
- 所在地
- 横浜市緑区長津田町4259-3 東工大横浜ベンチャープラザ E207
- 事業概要
- 医療用機材・システムの研究開発・製造・販売
会社略歴
2013年4月 | メディギア・インターナショナル株式会社設立 |
---|---|
2014年6月 | 東京工業大学と共同研究契約を締結 |
2016年12月 | NEDO SUIプログラムに採択 |
2017年8月 | 東京工業大学より「東工大発ベンチャー 第82号」に認定 |
2017年9月 | シードラウンドの資金調達 |
2018年9月 | 麻布大学と共同研究契約を締結、 国立がん研究センターと共同研究契約を締結 |
2018年11月 | NEDO STSプログラムに採択、 シリーズAラウンドの資金調達 |
2019年2月 | nano tech 2019にてプロジェクト賞を受賞 |
2019年8月 | 特許庁知財アクセラレーションプログラム(IPAS)に採択 |
技術紹介
ナノデバイスMDXによる腫瘍標的型低侵襲療法

動脈塞栓術とEPR効果を組み合わせることで、腫瘍選択的にかつ速やかに酸素と栄養を遮断する新しいがん治療法を開発しました。MDXは生体分解性も兼ね備えています。
動脈塞栓術とは
マイクロカテーテルを用いて、動脈から数μmの塞栓剤を注入。腫瘍周囲の血管を塞栓し、栄養や酸素を遮断し兵糧攻めにする治療法
EPR効果とは
腫瘍血管(新生血管)の構造は不完全で、正常血管では漏出しない粒子でも数百ナノメートル以下ならば血管外に漏出する。
ナノデバイスMDXの役割
腫瘍血管・がん細胞間隙にナノデバイスMDXが侵入して、腫瘍への酸素と栄養の供給を遮断、血管を圧迫して阻血させる。
担当マネージャーからのコメント

入居前相談時に田中社長から事業計画を聞き、薬を使わずにがんを壊死させるという、その画期的なアイデアに驚いたと同時に、技術的な裏づけは何もない状態だったので、今後の支援の難しさを覚悟した記憶があります。
資金的には苦労しかなく、開発は困難を極めた7年間でしたが、やっとVCからの出資もいただけるようになり動物実験間近まで進展してきました。
事業ステージが進むに連れてインキュベーション施設でできる支援も少なくなってきていますが、卒業までしっかりと支援を継続していきます。
東工大横浜ベンチャープラザ
チーフインキュベーションマネージャー 穐本 仁