ヒト脂肪細胞を用いた遺伝子導入細胞医薬品を開発する千葉大学発ベンチャー
2019年 11月 12日

千葉大学の医薬、薬学系施設を擁する亥鼻キャンパス内に立地する「千葉大亥鼻イノベーションプラザ」。ここで千葉大発ベンチャーとして、ヒト脂肪細胞を用いた遺伝子導入細胞医薬品の開発に挑むセルジェンテック株式会社の代表取締役 麻生 雅是 氏に、起業の経緯や今後の展望についてお話を伺いました。(2019年8月取材)
インタビュー
- お話
- セルジェンテック株式会社 (千葉大亥鼻イノベーションプラザに入居中)
代表取締役社長 麻生 雅是 氏
起業、会社のおいたち
起業の経緯とGMACについて教えてください

千葉大学の齋藤 康教授(後に第13代千葉大学長)が発明された遺伝子治療用脂肪細胞の研究が、千葉大学と私が勤務していた大手製薬会社によって2000年に共同で開始されました。私自身は2001年に創薬ベンチャーに転職して遺伝子治療や核酸医薬の臨床開発に携わっていました。2003年に齋藤先生から「遺伝子治療用脂肪細胞の実用化を千葉大と共同で行ってみないか」というお声掛けをいただいて、2003年10月20日に起業しました。
われわれが開発しているのはヒト脂肪細胞を用いた遺伝子導入細胞医薬品(Genetically Modified Adipocyte:GMAC)というものです。遺伝的に機能タンパク質や酵素が欠損しているために発症する疾患があります。これらは治療法がないか、1週間から2週間に1回の頻度で生涯にわたり数時間の点滴などを受け酵素を補充する方法しかありません。生活制限や通院の負担などで、患者さんやご家族の生活の質(Quality of Life:QOL)は著しく低下してしまいます。
GMACは『タンパク質や酵素をつくり出す仕組み』を患者の体に付加する遺伝子治療・再生医療医薬品で、一度GMACの移植治療を受けると、3年から5年にわたり持続的にタンパク質や酵素が分泌されるので、患者さんの生活の質が大きく改善することが期待されます。血球系細胞や幹細胞を用いた遺伝子治療・再生医療や、遺伝子を直接生体内に投与する遺伝子治療もありますが、われわれはヒト脂肪細胞を用いることで、効果が持続し、かつ安全性が高い遺伝子治療・再生医療が可能になると考えています。それというのも脂肪細胞は寿命が10年と長く、多くの生理物質を分泌する機能を持ち、がん化しにくく、細胞があちこちに動かないという数々の特長があるからです。また遺伝子導入による安全性は、種々の方法や観点から検証し、安全性の確保に努めてきました。遺伝子を導入された脂肪細胞GMACは、安全に治療タンパクを永きにわたり補充することが期待されます。
事業の展開と現在
大変な時期を乗り越えられたと伺っています
医薬品開発、とくに先端技術での開発には多くの資金と長い期間が必要です。2004年から、資金調達のためにベンチャーキャピタルを回りました。2005年に最初の資金調達に成功して、2006年、2007年も資金調達は成功しました。また、2005年から2年間、NEDOの助成事業にも採択され順調な立ち上がりでした。
ところが、2008年のリーマンショックでベンチャーにいきなり逆風が吹き荒れました。とくにバイオベンチャーを取り巻く環境は非常に厳しく、われわれも企業活動を継続することさえ困難な状況に追い込まれてしまいました。そのような中で千葉大学のご支援で、GMACの研究開発のための技術やヒューマンリソースの維持・保全をはかり、再興の機会を待ちました。
どうにか2010年以降には日本科学技術振興機構(JST)、経済産業省、日本医療研究開発機構(AMED)の公的競争資金による研究開発課題としてGMACが採択されて、臨床研究を進めることができました。さらに2014年には再生医療の製造技術開発に強い関心を持たれている日水製薬株式会社からも資金投入していただき、GMAC研究開発は加速しています。
現在はLCAT欠損症の臨床研究を終え、治験準備段階だそうですね

千葉大学と共同で、遺伝的にタンパク質や酵素が欠損している患者様のQOLを飛躍的に改善できるGMACの研究開発を2005年から進めて参りました。GMACの最初の臨床適用として、治療法がなく、希少疾患である『LCAT欠損症』に焦点をあてています。この疾患は、善玉HDLコレステロールを上昇させるLCATという酵素の活性が著明に減少し、角膜や腎臓に障害、溶血貧血をもたらします。
われわれは、再生医療安全性確保法の下、LCAT欠損症治療用のGMACを2017年に世界に先駆けて移植を行いました。その治療の効果は、2年半継続しており、今後も持続的に効果が得られるのではないかと考えています。現在は遺伝子治療・再生治療医薬品の実用化のために制定された「条件付き及び期限付き承認」を取得するべく、治験実施を千葉大学と共同で準備しています。
そして、これから
今後の展望をお聞かせください
まずはLCAT欠損症治療用GMACの薬事承認を得ることが第一優先です。LCAT欠損症は日本全国で推定100名以上という希少疾患ですが、2015年7月に難病指定されたことから診断される患者さんも増えてくると想定されます。これまで治療法がなかったので、苦しんでおられる患者さんに早くお届けしたい。続いて、JSTからの委託事業として実現可能性を確認した血友病B(推定国内4000名)やライソゾーム病(推定国内100名)の治療法、そしてまだ治療法のない他の遺伝子疾患へとターゲットを広げていきたいと考えています。
GMACは「失われた生理活性を作り出す」いわば生産工場を体内に設置する仕組みです。将来的にはインシュリン分泌機能の回復による糖尿病治療、あるいはがんやアルツハイマーの発症や進展を抑制する生体内タンパク質の補給といった、高齢化に伴い増加する難病への適用も考えられます。形成外科にて安全に脂肪組織を摘出し、その脂肪組織を細胞工場に搬入し、遺伝子を組み込んだGMACを安全に製造して出荷まで数週間、そのGMACを速やかに移植、この一回の移植で治療タンパク質が数年にわたり持続的に補充され、難病に伴う機能障害や器質的障害が改善される、そんな夢の治療法が世界的に実用化されるよう、われわれは協業に向けた強力なパートナーを求めています。

インキュベーションの利用
入居のきっかけ
千葉大学の齋藤教授からお声がけいただいて起業することになり、共同研究と事業化を行える場所として千葉大亥鼻イノベーションプラザがキャンパス内にあったということが入居のきっかけです。
入居しての変化
それまでは千葉大学の研究室に共同研究のスペースをお借りしていたので、自らのスペースが確保できてビジネスを進めやすくなりました。また大学のみならず、関係機関との連携が活発になり、様々な情報に触れる機会が増えました。
入居して良かったこと、将来の入居者へのメッセージ
共同研究と事業化をシームレスに行えたことが良かったです。施設がキャンパス内にあるので、千葉大学の遺伝子組み換え規制に従って研究を行えます。また、臨床の先生がすぐ近くにいて相談しやすく、これほど環境が整った場所はまずないでしょう。
中小機構からもたくさんのサポートを受けました。常駐のインキュベーションマネジャーが企画する講演会も魅力的です。またBio Japanの中小機構ブースで継続して展示できたことがビジネスチャンスにつながりました。最初は模様眺めに終わっても、継続して出していると話が具体化します。自社出展であれば1年であきらめていたでしょう。
会社情報
- 会社名
- セルジェンテック株式会社
- 代表取締役社長
- 麻生 雅是
- 所在地
- 千葉市中央区亥鼻1-8-15 千葉大亥鼻イノベーションプラザ 101
- 事業概要
- ヒト脂肪細胞を用いた遺伝子導入細胞医薬品の開発
会社略歴
2003年10月 | セルジェンテック株式会社設立 |
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2005年5月 | 遺伝子治療用脂肪細胞に関する千葉大学との共同研究開始 |
2013年5月 | 千葉大学の遺伝子治療臨床研究実施計画を厚生労働省が承認 |
2014年12月 | LCAT欠損症臨床開発がJST「A-STEP 実用化挑戦タイプ(中小・ベンチャー開発)」に採択 |
2016年8月 | 厚生労働大臣より第一種臨床研究実施計画の承認 |
技術紹介
ヒト脂肪細胞を使った再生医療・遺伝子治療法

患者の自己脂肪組織を取り出し、治療目的の遺伝子を導入した増殖能を持つ脂肪細胞を体内へ戻すことにより、自己で作り出せない酵素(たんぱく質)の補充を可能とする遺伝子治療法。
脂肪細胞の寿命を活かし、欠損酵素の長期間持続補給が可能なことから、酵素・たんぱく質の欠損・不足により根本的な治療法のない遺伝性疾患患者に向けた新規な治療手段となることが期待される。
担当マネージャーからのコメント

セルジェンテック株式会社は、最先端の再生医療領域における千葉大発ベンチャー企業として当施設の設立と同時に入居をいただいています。中小機構や当施設が実施する様々な事業化支援の取組み・イベントに理解を示し常に積極的に参加される優良企業です。
10年以上の時間を要すると言われる創薬の分野で、麻生社長を中心としてリーマンショック期の厳しい経営環境乗り越え、薬事承認と事業化を目前としている同社には、ぜひ、千葉発で世界を目指す創薬ベンチャーの代表企業となっていただきたいと思います。歴代CIMに続き私も支援していきます。
千葉大亥鼻イノベーションプラザ
チーフインキュベーションマネージャー 宗像 令夫