ふるさと名物応援宣言
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‐96‐ (6)兵庫県加古川市 【自治体の概況】 加古川市は、播磨平野を一級河川加古川が貫流し播磨灘に達する兵庫県の南部に位置する人口267,434人(平成27年国勢調査)の地方都市である。江戸時代には綿花栽培が盛んで、その綿から造る長束木綿は、江戸で「姫玉」「玉川晒」と呼ばれる人気商品であった。明治になり安い輸入綿が流通すると国内で綿花を栽培する者はいなくなったが、それに代わり靴下やタオルの製造工場を創業する者が現れたことや、明治32年に日本毛織株式会社加古川工場が操業を開始したことにより、繊維産業が市の中心産業となった。その後、昭和39年に播磨工業整備特別地区指定され、㈱神戸製鋼所加古川製鉄所が操業を開始したことで、市の中心産業は重工業に移行している。 【ふるさと名物応援宣言の概要(平成28年1月29日発表)】 農業者、靴下産業関係者、市民などの地域が一丸となって実施している「かこがわコットンプロジェクト」を積極的に支援し、地域ブランドの確立を図ることにより、市民のふるさと意識や郷土愛の醸成に努める。 【活用している地域産業資源】 〔鉱工業品又は鉱工業品の生産に係る技術〕「メイド・イン・かこがわ」のコットン ●地域産業資源の特徴と「ふるさと名物応援宣言」実施の経緯 兵庫県は、東京都、奈良県と並ぶ靴下の全国三大産地の一つである。奈良県の生産者が全県に広がっているのに対し、兵庫県の靴下製造業者はその大半が加古川市及びその周辺に集積していることから、加古川市では従来から靴下を地場産品に位置づけ、販路の拡大や新商品の開発に向けた支援を行ってきた。 加古川市は、昭和39年9月に播磨工業整備特別地区指定をされ、昭和43年頃から神戸製鋼所加古川製鉄所が操業を開始したことで重工業が本市を代表する産業となった。しかしそれ以前(明治初期から昭和40年頃まで)の加古川市における代表産業は繊維産業であった。これは江戸時代に綿花栽培が盛んであったことにより、木綿に対する知識や技能を持った者がこの地に育っていたことによるものと思われる。現に明治19年には上海から手回しの靴下編み機を持ち込み靴下の製造を始めた者が居たり、木綿問屋の稲岡九兵衛が明治24年に稲岡商店(後の稲岡工業㈱)を創業しタオルの製造に力を注いだ。そこに国内最大のウールメーカーである日本毛織㈱が明治32年に加古川工場の操業を開始するなど、加古川市には多くの繊維関連産業があかこがわ × コットン = かこっとん ① 取り組みの経緯・概要 【第2フェーズ】 商品・サービスの企画開発等、すでに商品・サービスの製作がスタートしている段階

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