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三和印刷出版株式会社(大分インテリジェントタウン)

顧客の信頼に基づく体制の下、総合情報産業をめざす印刷会社

三和印刷出版(株)が大分市の大分インテリジェントタウンに移転したのは平成13年。移転を機にISO9001の認証取得も果たし、新しく生まれ変わった。環境に恵まれた新社屋で“社会に貢献する総合情報産業”をめざし、品質システムの構築と企業体質のさらなる強化につとめている。

道路計画がきっかけで新天地へ

三和印刷出版(株)の創業は昭和32年、先代社長が興したガリ版印刷の三和印刷社が始まりである。昭和41年に大分市元町に移り、昭和61年に新社屋を建設。大分インテリジェントタウンに移転したのは、平成13年5月のことである。「市内に計画された道路のルートに我社の土地がひっかかることになり、よそに移らなくてはならなくなりました。当時の敷地は300坪しかなく、増築しようにももう限界でしたし、従業員の駐車場も確保できないような状態でしたから、道路計画が持ち上がらなくても何とかしなければと思っていました。いつか出て行かなければならないのなら積極的によい場所を探そうということで代替地を求めていたときに、候補としてあがってきたのがこの大分インテリジェントタウンでした。」二代目社長の田北俊文代表取締役は、市内から離れてしまうことによる不便が生じないか心配ではあったが、団地周辺の道路整備計画等を勘案するとアクセス上も問題ないと判断、1000坪の敷地を購入し、延床面積約250坪の新工場を建設した。「おかげさまで、移転によってそれまでのお客様が離れるというようなことはありませんでした。また、従業員の通勤にも支障なく、マンパワーを失うことはありませんでした。むしろ、よい環境の中、新しい建物になったことで、従業員たちももっと頑張らねばという前向きな気持ちになってくれました。」大分インテリジェントタウンへの移転が、会社全体として心機一転、再スタートのきっかけになったという。さらにこれを機に、より一層の品質向上をめざすためISO9001にも挑戦し、平成14年8月に認証取得を果たす。県内の印刷会社としてはISO取得の先駆けであった。認証取得により従業員の仕事に対する意識改革がすすみ、徐々にではあるが、その成果も確実に出てきている。

広々とした敷地に立つ社屋と田北代表取締役。
広々とした敷地に立つ社屋と田北代表取締役。

CDやホームページの製作まで

同社は、企画・デザインから編集、製版、刷版、印刷、加工とすべての工程をこなし、営業品目も書籍、機関紙、パンフレット、ポスター、DM、帳票類に至るまで幅広く、さらには紙媒体に留まらず、CD−Rやホームページの作成にまで対応する。「本作りを大切にという先代からの方針もあって、書籍関係は我社の業務の柱になっており、特に市町村や教育委員会などからの受注をいただいています。しかし、ただ印刷するだけの会社では生き残っていけません。今は厚い本は扱いがたいへんということでCDに落としますし、定期刊行物を出しているところは併行してウェブも作っています。そういったニーズにも的確に応えていかなければなりません。うちは印刷会社でなく、総合情報産業だといっています。」印刷需要の多い都市部では、営業品目や工程を特化し、専門性を追及していくというやり方も成り立つが、地方では間口の広い、オールラウンドの体制とフットワークのよさが求められると田北社長はいう。

本作りにこだわりながらも、新しい媒体に積極的に取り組んでいる。
本作りにこだわりながらも、新しい媒体に積極的に取り組んでいる。

顧客と一緒にノウハウをつくる

「お客様からの依頼を待つのでなく、“何か困っていることはないですか?”と、こちらからアプローチしていくことが重要だと思います。印刷会社の営業というのは、つきあいが広くいろいろな所に出入りしますから、その分情報もたくさん持っています。それをお客さんに利用していただきたい。相談していただければ、一緒に新しい試みや開発にも挑戦できます。また、それをノウハウとして確立することができれば、他でも使うことができるのです。」営業活動を通じて人的ネットワークを構築するだけでなく、新しい仕事を作り出すことにも力を入れたいという。印刷業界は不況に強いといわれる一方、市町村合併等により官公庁の受注は相対的に減り、パイの奪い合いになっているという実情もある。旧来型でないアプローチをより洗練させ、しかもそれに十分対応できるよう社内の技術力の向上をめざしている。(2006年3月取材)

将来を見据えて、営業や制作にも注力している。
将来を見据えて、営業や制作にも注力している。

▼団地の詳細情報
大分インテリジェントタウン

 

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