ホーム > 事例紹介 > 松阪精工株式会社(松阪中核工業団地)

松阪精工株式会社(松阪中核工業団地)

ノウハウを活かし、自社開発の旋削加工プラントを世界に

三重県松阪中核工業団地にあるベアリングの旋削加工メーカー松阪精工株式会社は、作業性にすぐれ高能率の旋削専用機の開発・製造で欧米をはじめ海外でも高い評価を受けている企業である。「MST」を国際ブランドとして確立するため、全社一丸となって創意工夫、技術の向上に努めている。

スタートは“偶然の出会い”から

「取引先が鋼材の代金のかわりに置いていった旋盤を前にして、“この機械で何かできないだろうか”と私の父の先代社長が考えたのが、そもそもの始まりです。戦後間もない、父も20代の頃でした。この偶然の出会いがなければ、今日の我社は無かったでしょう。」先代の進取の気性、果敢なチャレンジ精神が会社発展のエネルギーであったと、松阪精工株式会社の二代目、田中宏治代表取締役社長はいう。昭和24年創業の同社は、鋼材の卸業としてスタート。“偶然の出会い”をきっかけにベアリング工場を建設したのが昭和27年、その後軸受製造大手のNTN株式会社との取引が始まったことにより、本格的にベアリング旋削加工に参入することになる。昭和43年に現在の社名となり、松阪市内を中心に工場を展開するが、平成2年、松阪中核工業団地に敷地約1万3000坪の本社工場を建設。現在、ベアリング旋削専用機だけでも約500台を備え、月に1100万セットを生産するまでになった。従業員は150名、旋削事業部、機械事業部、設計・開発部の3部門で構成されている。

(左)松阪中核工業団地に立つ本社工場。 (右)田中宏治社長。
(左)松阪中核工業団地に立つ本社工場。 (右)田中宏治社長。

自社開発した専用機を海外へ輸出

同社の大きな特徴に、長年培ってきた技術を活かし自社開発した機械設備を導入していることがある。それを担当するのが機械事業部であり、主にベアリング旋削加工の単能機と搬送システムの開発を進めてきた。切削バイトや旋削盤をはじめ、製品搬送設備や総合検査設備、切粉処理システムを合体させた生産システム「MST旋削加工一貫設備」は広く海外でも注目され、米国、台湾、ドイツ、フランス、イタリア、アルゼンチンなどへ輸出されている。「当社の旋削専用機が評価されたのは、何よりも使いやすさ、操作性のよさだと思います。それが可能になったのは、当社自体が旋削加工に携わっており、その経験をもとに常に作業者サイドに立った発想で開発ができたからではないでしょうか。」国際ブランドとして認知され、すでに800台以上の輸出実績を持つベストセラーであるが、決して大きな利益をもたらすものではないと田中社長はいう。「システムを納めたら生産が軌道に乗るまでフォローしなくてはなりません。技術指導をして定期点検、部品供給とアフターサービスはたいへんです。でも私たちは機械を嫁にやった娘に喩えて、元気でやっているかたまに会いにいくのを楽しみにしているんです(笑)。」先代社長の信条が“Give Give and Take”。つまり、顧客に対して“与えて、与えて、与える”気持ちで接していれば、将来必ずかえってくるという意味であるが、先代亡き後も会社の精神として受け継がれているという。

自社の設備が製品に直結している。
自社の設備が製品に直結している。

松阪から世界に羽ばたく企業に

松阪中核工業団地への進出の一番の決め手は十分な土地の広さであった。市内に工場を構えていた時のように、周囲への騒音を気にすることもない。市内から車で30分足らずというアクセスも魅力であった。当団地に進出して今年で15年を迎えるが、環境面でもすぐれていると従業員の評判もいい。22社が属する企業連合の会長として、同地域の活性化の牽引役でもある。「これまでは汎用関係が多かったのですが、最近では特に自動車用のベアリングの需要も多く、精密機械ゆえにより高い精度が要求されます。加工技術のさらなる向上、機械の性能向上など、取り組むべき課題はたくさんあります。」鋼材の高騰、コスト安の中国製など、業界の置かれている状況は厳しいが、“創意しよう、実行しよう、成果をあげよう”をコンセプトに国際企業への飛躍をめざしている。(2005年4月取材)

十分な広さの土地を確保できることが進出の決め手となった。
十分な広さの土地を確保できることが進出の決め手となった。

▼団地の詳細情報
松阪中核工業団地

 

▲ひとつ上の階層へ