ホーム > 事例紹介 > 濱田酒造株式会社(西薩中核工業団地)

濱田酒造株式会社(西薩中核工業団地)

本格焼酎の国際化をめざし、情報発信するトップランナー

串木野新港に隣接した西薩中核工業団地にある濱田酒造株式会社は、県内2位の出荷量を誇る本格焼酎メーカー。伝統の技と最先端の技術を見事に融合させた工場からは画期的な商品が生み出される。500年の歴史を持つ薩摩の焼酎文化を世界に向けて発信するチャレンジ精神旺盛な企業である。

将来を見据えて串木野に進出

「サッチャー英首相が来日し、スコッチが売れないのは税率の低い焼酎のせいだとクレームをつけたとき、業界では黒船襲来と大騒ぎしました。私はそれをこばもうとするより、日本の国酒である本格焼酎を大英帝国に売り込むことを考えようと言ったのですが(笑)。」濱田酒造株式会社の代表取締役社長、濱田雄一郎氏は本格焼酎を真の“国酒”に、さらには世界に冠たる酒に育てることに情熱を傾けている。同社は明治元年創業の老舗で、いちき串木野市で本格焼酎を造り続けてきた。西薩中核工業団地に新工場(傳藏院蔵)を進出したのは平成12年である。「土地の広さ、環境、水の確保等がクリアされたこと、串木野とは人の交流があったことなどが当地を選んだ主な理由ですが、将来的に急速に発展する中国市場を考えたとき、串木野新港に隣接していることは大きなメリットではないかと。1千万人を抱える上海は感覚的には東京と同距離の、魅力あるマーケットです。」

(左)濱田雄一郎代表取締役社長。(右)中国市場を見据えて建設された新工場(傳藏院蔵)。
(左)濱田雄一郎代表取締役社長。(右)中国市場を見据えて建設された新工場(傳藏院蔵)。

伝統の技と最先端技術の融合

西薩中核工業団地の工場(傳藏院蔵)では生産から出荷まで徹底した自動化を実現している。温度管理もセンサーとコンピュータで制御される。「発酵技術の科学的解明が進みましたが、やはり杜氏の技術と経験は継承しなければなりません。しかし、秘伝は簡単には教えてくれない。そこで化学やコンピュータの知識を持つ社員をベテラン杜氏のもとで十数年修行させたのです。大変だったのは、獲得した技術をいかに情報化し、コンピュータで制御できるようにするかのプロセスでした。」この新鋭工場(蔵)と対をなすのが、創業の地市来にある手造りの蔵「焼酎蔵薩州濱田屋伝兵衛」。昔ながらの木樽蒸留器を使い、甕仕込み、甕貯蔵の伝統的な焼酎造りが行われている。「伝兵衛蔵は明治、大正、昭和の製法を伝えるところ、串木野はいわば近未来工場(蔵)です。焼酎造りにおける連続性を損なうことなく、さらにこの2つを繋くのが研究開発室。解析を通して、双方向性を持つ現場として機能させるのが役目なのです。」
職人の技が最新鋭のシステムに活かされている。
職人の技が最新鋭のシステムに活かされている。

本格焼酎の国際化と情報発信を

第二次焼酎ブームといわれる。酒類の売上げが軒並みダウンする中、焼酎だけは毎年10%近い伸びを示している。大手ビールメーカーも次々に焼酎への参入を表明した。その中で濱田酒造はサントリーと提携し、本格芋焼酎の共同開発を行ったのである。「本格焼酎の国際化を目指すうえで、サントリーさんの情報発信力に期待したのです。それと酒造りというものをビジネスとしてだけでなく、生活文化としてとらえてくれた。歴史という切り口を理解してくれました。だから一緒にやろうと。」平成17年4月、串木野金山の跡地に「金山蔵」がオープンした。工場(蔵)のほか焼酎造りに関する資料館やレストラン、温浴施設なども併設。坑道を仕込蔵や長期熟成の貯蔵蔵として活用するという。「ここでは江戸時代以前の仕込みを再現したいと思います。金山蔵、伝兵衛蔵、傳藏院蔵(本工場)と3点がそろったことで、薩摩焼酎の歴史500年を語ることができるのです。」旺盛なチャレンジ精神の根底には、酒造りは文化であり、文化には多様性が必要であるという濱田社長の哲学がある。(2005年2月取材)

ここで造られた焼酎が世界へ旅立っていく。
ここで造られた焼酎が世界へ旅立っていく。

▼団地の詳細情報
西薩中核工業団地

 

▲ひとつ上の階層へ