開催報告

 日本経済の屋台骨である中小企業・小規模事業者-。その円滑な事業承継は国の活力や競争力に直結する大きな課題だ。そして受け継ぐべきものは、財務諸表にあらわれる企業資産だけではない。技術やノウハウはもとより長年培ってきた経営理念や顧客や地域からの信頼といった目に見えない「強み」をいかに次代に伝えていくかの視点も欠かせない。そこで中小企業基盤整備機構は2月7日、「事業承継/知的資産経営フォーラム2014」を開催。知的資産経営に取り組む経営者や経営支援の専門家を招き取り組みを紹介した。


ごあいさつ
「見えない資産の伝承こそ、重要」

中小企業基盤整備機構理事 嘉村 潤
 政府の「日本再興戦略」では円滑な事業承継を後押しすることを盛り込んでいる。事業承継は相続税対策にとどまらず企業にとって経営課題。とりわけ長年培ってきた企業としての魅力や価値、ブランドといった財務諸表に表れない資産をどう次代に伝えるかは重要になる。皆さまには知的資産経営の理解を深めて頂き今後の取り組みの弾みとしてほしい。

「事業そのものが社会的価値を持つ」

中小企業庁 事業環境部長 松永 明
 企業は単なる「器」ではなく社会的な価値を生み出す存在。米ハーバード大のマイケル・ポーター教授が「CSV(クリエイティング・シェアード・バリュー)」と指摘するように企業の事業そのものが価値を持つ。それだけに事業を円滑に次代にバトンタッチするかは重要課題であり日本経済の活性化につながる。皆さまから寄せられた忌憚(きたん)ないご意見を政府として施策に反映させていく所存だ。

基調講演
「実践され、理解されるからこその理念承継」

出光興産株式会社 相談役 天坊 昭彦

 出光興産の経営理念は人間尊重・大家族主義-。若手にどんどん仕事を任せ自らの責任で完遂することを求める。全力で取り組んだものの失敗した際にはそこから多くのことを学ばせる。そんな気風がある。こうした理念を継承しながら、事業構造改革や株式上場にどう取り組んだのかお話しする。

 創業者の出光佐三は、百田尚樹さんの著書「海賊とよばれた男」のモデルであるだけにご存じの方も多いかもしれない。皇室の守護神、天照大神の3女神をまつる宗像大社がある福岡県に生まれ神戸高商(現神戸大)に学んだ生い立ちが日本人であることへの強い意識や大家族主義の原点。創業後は資金繰りや様々な制約の中で石油調達に苦心した事業の軌跡や、投機的な資本家への反発が自主独立を貫く経営につながっている。

 私は1991年に取締役経理部長に就任。出光の財布を預かることとなったが、ほどなくして自社の経営理念と向き合うことになる。国内外の政治、経済情勢が激変し個人商店的な経営の仕組みの限界が露呈。過小資本の解消は喫緊の課題であり財務基盤強化には株式上場が不可欠との結論に行き着いたが、上場は、創業以来資本金は0を理想とした当社において経営理念の根幹に係わる問題であった。

 しかし上場の意義をあらためて考えてみると、それは出光の経営理念そのものであった。雇用を守り顧客や取引先の期待に応え、必要な設備投資を行い事業が継続できる適正な利益を得て、地域や社会・国家へ貢献できるような経営を続ける。まさに当社が創業来、実践しきたことである。上場しても理念は何ら変わらないと出光昭介会長(当時)の理解を得て2006年に上場を果たした。

 出光が大切にする「日本人の心」。譲り合い、いたわり合い、助け合う気持ちや道徳観は東日本大震災という未曾有の危機において再認識されたが海外でも受け入れられつつある一端を紹介したい。米インディアナ州にある当社工場に20年以上にわたり勤務し、現在は工場長を兼務する女性副社長はこう述べている。「出光の人間尊重や良い仕事をすることへの信念は自分にとっても大切な価値観である」と。つまり理念とは職場で実践される事実があってこそ理解されるもの。日本人の心を大切にする日本的な大家族的な経営が期待され、受け入れられていることをうれしく思う。

行政インフォメーション
「税制の緩和を計画的な承継につなげて」

中小企業庁 事業環境部 財務課係長 川越 敦史

 事業承継税制の見直しが実施される。中小企業の後継者が現経営者から非上場株式を承継する際の相続税や贈与税の負担を軽減する特例措置だが、現経営者の親族に限られていた後継者の範囲を親族外にも広げるほか、雇用維持の要件も緩和し「5年間の平均で8割以上」で評価する。これらは2015年1月以降の相続・贈与から対象となる。ほかにも要件を満たせず納税猶予が打ち切られた際の利子税負担を軽減する措置も講じられる。計画的な事業承継につなげて頂きたい。

「知的資産経営の輪、全国に波及を」

経済産業省 経済産業政策局 知的財産政策室 課長補佐 村山 達也

 経済産業省と中小企業基盤整備機構では地域金融機関と連携した知的資産経営報告書作成テスト事業に取り組んできた。知的資産経営の意義や活用方法について理解を深めてもらったうえで、グループワーク方式で事業価値を高める経営レポートの作成を行うもの。金融機関側からは「中小企業の方々との距離が近づいていると感じた」との感想を頂いており、金融機関職員の目利き力向上につながっている。今後はこうした取り組みの輪を全国に広げていく所存だ。

パネルディスカッション1
"事業承継は「接ぎ木」"
㈱比叡ゆば本舗 ゆば八代表取締役
八木幸子氏

"組織力の向上と選抜育成を重視"
スタック電子㈱相談役
田島瑞也氏

"社長のバトン

気持ち伝え息子に託す"
三共光学工業㈱代表取締役
萩原達俊氏

"経営者と後継者の関係 変化"
中小機構本部
事業承継コーディネーター
種山和男
"父の“告白”が承継のスタート"
三共光学工業㈱参事
萩原俊輔氏

種山 事業承継にどう取り組んできたのか。
八木 当社「比叡ゆば本舗ゆば八」は1940年の創業以来、湯葉づくり一筋。2代目社長だった夫の急逝で社長に就任し、現在は長男への事業承継準備を進めている。前社長の経営哲学は「温故知新」。湯葉は伝統食品だが、新しい食文化の創造を目指し実用新案や特許取得にも積極的だっただけに私自身、その理念を受け継ぎ「温故知新」に加え「創意工夫」と「共存共栄」を社是とした。事業承継はまさに「接ぎ木」であると実感する。
萩原達 当社は光学機器用レンズメーカー。私自身は家業と無縁の大手電機メーカーに就職したが、運命的な偶然も重なり父の後を継いだ。苦労したのは社内の人心掌握。会社を継いだ時は従業員の半数以上が先輩だった。人生の先輩であることと役職上の関係を区別することに腐心した記憶がある。
種山 現在は息子の俊輔さんに事業承継中とか。
萩原俊 父に会社を継いでほしいと打ち明けられた時は正直、驚いた。入社後に中小企業大学校に入り、異業種の仲間と後継者になるための勉強や議論をする中で、自社を客観視できた。
田島 当社はもともと電子部品メーカーから飛び出した若手技術者4人で創業したベンチャー企業。40年以上にわたり経営の第一線を走り続けてきたが、65歳でのリタイアを決断。事業承継に取り組んできた。従業員の意識改革と後継者候補の育成を試行錯誤するなか得られた結論のひとつが、業務スキルの向上と経営者としての自覚は別物であること。創業者と共有できるのは経営理念だけ。以来、組織力の向上と選抜育成を重視する方針に転換した。
種山 経営者と後継者の関係が変わる中、円滑な事業承継実現するカギは。
八木 自身の後ろ姿をみせるということに尽きる。
萩原達 会社を託すうえで以心伝心は無責任。思い切って気持ちを伝える努力も時に必要だ。私たち親子の場合は、非日常の場を求め、セブ島でダイビングを楽しみながら胸の内を明かした。
萩原俊 会社を継いでもらいたいとはっきり伝えてもらったことで、事業の承継がスタートした。
田島 会長に退いた時点で社長室も実印もすべて(現社長に)渡した。「あなたがトップだ」ということを社内外に知らしめるためだ。そして組織基盤が盤石だからこそ従業員は「安全地帯」に身を置き、経営者はその外側の「断崖絶壁」を走り回る。前専務だった現社長は本当に変わった。周囲はその変貌を目の当たりにしている。
種山 最後に今後の抱負をお願いします
八木 比叡山延暦寺の開祖・伝教大師最澄の言葉に「一隅を照らす」がある。その人自身が潜在能力を開花して、人生を謳歌(おうか)することが周囲に明るい光を放つの意。そんな経営環境を整えてあげられれば。
萩原達 後継者なりの企業像に変化させることを期待している。楽隠居するため協力します。
萩原俊 日本で製造業を続けるうえで何ができるのか。私なりのやり方を見つけたい。
田島 一歩下がると逆に経営がよく見えてくる。「孫がかわいい」の心境に通じるものかもしれない。そして断崖絶壁に立てば人は無限の能力を発揮できることは当社で実証済み。皆さまにも早めの事業承継をお勧めする。
パネルディスカッション2
「経営の“見える化”で進む社内外のコミュニケーション ~ 企業価値を高め、つなぐ試み ~ 」

"伝えるべきものを
次代につなぐ効果"

㈱城南村田 代表取締役
青沼隆宏氏

"信頼関係構築が支援の第一歩"
滋賀県中小企業団体中央会指導課
課長補佐
中嶋和繁氏

"後継者の育成と会社の将来
ビジョンづくりに生かす"

㈱ピアライフ 代表取締役
永井茂一氏

"財務諸表に表れない強み生かそう"
中小機構本部
事業承継コーディネーター
大山雅己

"従業員全員の参加が理想"
地方独立行政法人
東京都立産業技術研究センター
技術経営アドバイザー
森和男氏

大山 人材や技術、特許、ブランド力など財務諸表に表れない企業の強みを生かす知的資産経営に取り組んだ経緯は。
青沼 事業再生に取り組む過程で買収した企業と従来事業との間には歴然たる収益力の差があった。事業の相乗効果を発揮するうえで、その差は何に起因するのか現実を直視したことがそもそもの発端だ。
永井 私の会社は親会社の破綻で債務超過に陥った。残った社員とともに赤字会社を引き受け29歳で社長に就任。経営再建に取り組むなか、後継者の育成と会社の将来ビジョンづくりに知的資産経営の視点を生かしている。
大山 経営支援機関側が知的資産経営に着目する理由は。
都立産業技術研究センターは中小企業の技術革新を後押しする公設試験機関だが、近年は技術的な課題解決にとどまらず経営全般を広く支援する方針を打ち出している。知的資産経営講座の開催もそのひとつだ。
中嶋 中小企業団体中央会も知的資産経営は、企業の強みを明確にしたうえで次の施策につなげる支援策として重視している。自社の強みをしっかり把握し、それを活用することで業績の向上に結びつける経営手法そのものだからだ。
大山 各社の強みをどう引き出すのか。
中嶋 信頼関係の構築が第一歩。私どもが支援した永井さんの場合も当初は異なる問題に関する相談だったが、緊密な情報交換を重ねながら、経営革新に取り組んだり事業承継の課題を伺うなか知的資産経営が生かせるとの結論につながっていった。
知的資産の洗い出しは最も難しい作業。初対面で「あなたの会社は何でもうけているのか」なんて尋ねることはできませんし。信頼関係の醸成を前提に、これまでどう収益をあげてきたのか、それを活用して今後は世の中の趨勢(すうせい)にどう乗っていくのかの判断材料を経営者に与えていく。過去の軌跡を伺いながら価値創造ストーリーを分解しながら、必要な要素を引き出していく具合だ。
大山 今後、知的資産経営に取り組む企業にアドバイスを。
知的資産経営は従業員の全員参加が理想。戦略立案や従業員のベクトル合わせにも寄与するツールとして活用してもらいたい。
青沼 私は「時短効果」と表現したが、存在することは分かっているが数字や言葉では表せない、企業としての強みを知的資産経営の実践を通じ明確化することで得られた成果は大きい。それは新たな挑戦の原動力でもある。事業承継の過程でも何を伝えるのか優先順位を付けて取り組める効果がある。知的資産経営は、伝えるべきものを効率的に次代につなぐ効果がある。
中嶋 知的資産経営報告書の作成過程こそ重要であると実感する。目的は中小企業の経営力の向上や経営基盤の強化だが、手段として知的資産経営を活用することで、企業の魅力や強みを磨き上げることができる。
永井 経営資源の面では中小企業はないない尽くしなのが実情。だが知的資産経営に取り組む過程で、私たちが生み出す商品やサービスがお客さまや社会の役に立っていることを再認識した。社員の志や使命感も高くなったように感じる。経営者の皆さんが描く夢、それこそが次代に引き継ぐべき企業競争力の源泉であるように感じる。(了)

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