平成28(2016)年の幕が開けた。デフレ脱却とTPP(環太平洋パートナーシップ)協定の批准で、日本経済が新たな成長に向かうと期待される年だ。中小企業の海外展開やIT(情報技術)活用にも拍車がかかりそうだ。そこで、海外とITの両方に先駆的にチャレンジしているラクスルの松本恭攝代表取締役と尾畑酒造の尾畑留美子専務取締役、それに企業のマーケティング活動に詳しくテレビ等でもコメンテーターとして活躍している宣伝会議の田中里沙取締役副社長を招き、高田坦史中小機構理事長を交えて、中小企業が取るべき方策などについて話し合ってもらった。

座談会出席者

松本 恭攝 氏

(まつもと やすかね)

ラクスル㈱代表取締役

1984年富山県生まれ。慶應義塾 大学商学部卒。外資系コンサル タント会社勤務を経て、2009年 にラクスルを創業。

尾畑 留美子 氏

(おばた るみこ)

尾畑酒造㈱専務取締役

新潟県佐渡市生まれ。慶應義塾 大学法学部卒。日本ヘラルド映 画(現角川映画)宣伝部に勤務。 1995年尾畑酒造入社。

田中 里沙 氏

(たなか りさ)

㈱宣伝会議取締役副社長

学習院大学文学部卒。広告会社入社後、1993年宣伝会議に転籍。95年「宣伝会議」編集長を経て、2007年から取締役副社長。

高田 坦史 氏

(たかだ ひろし)

中小機構理事長

(進行・中小機構広報統括室広報課長 林 隆行)

会社概要

ラクスル

創業:2009(平成21年)9月 / 所在地:東京都品川区上大崎2-24-9 アイケイビル / 資本金:58億円(資本準備金含む)/ 事業内容:印刷サービス、集客支援、ネット運送・配送サービスなどのeコマース事業の企画・開発・運営。経済誌「フォーブス・ジャパン」が選ぶ今年の「注目の起業家ベスト10」で、松本恭攝社長が2位受賞。

尾畑酒造

創業:1892(明治25)年 / 所在地:新潟県佐渡市真野新町449 / 資本金:1000万円 / 従業員数:20人 / 事業内容:日本酒の醸造・販売。同社の日本酒は、全国新酒鑑評会で2001年から10年連続で金賞受賞。「インターナショナル・ワイン・チャレンジ(IWC)」で07年に大吟醸の部、14年に純米の部でそれぞれゴールドメダル受賞。

新年あけましておめでとうございます。
昨年はTPP協定の大筋合意をはじめ、中小企業を取り巻く経営環境に大きな変化がありました。そうした環境変化について、まず高田理事長からお願いします。

高田おめでとうございます。
最も根本的な環境変化は、国内の人口問題です。労働力人口は1998年から減少に転じ、日本全体の人口も2008年がピークですから、消費市場が縮小しています。もう一つはTPPです。国内市場が縮んでいくのに対し、TPP参加12カ国の人口は8億人、世界のGDP(国内総生産)の4割近くという巨大な経済圏が誕生します。これによって農産物を中心に輸入は間違いなく増えますが、協定の狙いは輸出も増やすことです。輸出増を担うのは、従来は大手企業でしたが、大手企業は海外への生産移転を進めており、今では国内生産を増やす余力が十分にない。ですから今、輸出増を担うのは中小企業が、期待されるわけで、中小企業が頑張らないと輸出入のバランスがとれない。 もう一つは、eコマース(EC=電子商取引)市場が急速に拡大していることです。ICT(情報通信技術)というと、中小企業の関心は管理や生産部門のIT化で効率化や生産性向上を図ることが中心でした。問題は、付加価値をどう高めるかですが、全体的にいえば中小企業は今までうまく対応できていないことが多い。売り上げを増やすには、縮んでいく国内市場ではなく、成長する海外市場を取り込んでいかなければならないと思います。

まず国内、そして海外へ

松本社長と尾畑専務には、最初にそれぞれの事業内容と事業拡大に向けた課題について、お話ししていただけますか。

松本当社の事業内容は、旧来の産業にインターネットを使って構造を変えることです。具体的には、13年に印刷業のeコマースを始めました。全国2000社以上の印刷会社と提携し、オンライン上で名刺やチラシ、カタログなど集客のための印刷物を、提携先の印刷会社の設備の非稼働時間を借りて低コストで印刷します。スタートから3年ですが、初年度に比べ売り上げが22倍になりました。顧客の9割が中小企業で、会員は約20万人です。印刷だけでなく、デザインについてもクラウドソーシングで全国のフリーランスデザイナーから案を募り、ネット上の投票で評価して効果の高いデザインを決めます。チラシの配布地域も、エリアごとの新聞購読者世帯のデータを使ったサービスも行っています。実際に折り込みやポスティングをするのは、地域の会社に委託します。つまり、印刷を中心に、周辺も含めて中小企業の商売を「楽にする」事業です。
価格面では、印刷単価1万円、折り込みチラシとポスティングを含めた単価が6万円で、普通の商業印刷の10分の1程度です。折り込みチラシだと、従来は配布エリアについて何度も打ち合わせをする営業が必要でしたが、オンライン上でシミュレーションすれば営業コストも不要となり、これまでペイしなかった小ロットのチラシも可能です。昨年12月からは「ハコベル」というトラック運送サービスも始めました。車両台数が10台未満のトラック事業者は全国に3万社あります。そうした小さな事業者をネットワーク化し、顧客がパソコンやスマートフォンから場所を選び、トラックの空き時間を使って配送を依頼する仕組みです。事業拡大に向けては、中小企業が利用できるアカウントをつくっており、集客や物流などで中小企業をネットでサポートするモデルの拡大を考えています。手間やコストがかかっていた部分を、ネットを使って小ロットで、簡単に使えるようなサービスのプラットホームをまず国内で目指し、次に海外展開していくことが課題です。

尾畑当社は佐渡島で「真野鶴」という日本酒を製造しており、私で5代目です。当社のお酒は国内外で金賞をいただいているほか、仏航空大手の国際線ファースト・ビジネスクラスの機内酒にも選定されました。03年からは海外展開も始めています。当時は、小さな酒蔵が海外販売するのは夢物語といわれ、実際、多くの失敗を重ねましたが、現在は15カ国に出荷しています。
輸出を始めて気が付いたのは、日本酒は地域がはぐくむということです。そこで、地域との関わりを強めようとしてスタートしたのが「学校蔵プロジェクト」です。佐渡島の「日本で一番夕日がきれいな小学校」とされた学校が10年に廃校になってしまい、そこを借り受け、14年からお酒づくりを始めました。そこでは4つの柱を立てました。まずはお酒の「仕込み」、2つ目は酒づくりを知りたい人を受け入れる「学び」。 3つ目は、地域を考える「交流」。4つ目が「環境」です。佐渡島には環境のシンボルといえる朱鷺が飛んでおり、まさに環境の島。お酒づくりにも佐渡の環境を活かすため、酒米では「朱鷺と暮らす郷づくり認証米」という制度にのっとった酒米を使用しています。酒づくりに使うエネルギーも佐渡産を取り入れるため、太陽光パネルを設置しています。
日本酒の酒蔵は現在約1500場。生産量は1973年のピーク時から約3分の1に減少しています。ですが、2011年の出荷量が16年ぶりに対前年比で増加したことをはじめ、ここ数年、日本酒市場に風が吹いています。特定名称酒といわれる吟醸酒や純米酒の需要が伸び、よって酒米の需要も増えている状況です。お酒の需要増がお米の需要増につながり、農家さん、ひいては地域の元気づくりにつながるような酒づくりをしていきたいですね。

田中副社長はお二人の話をお聞きになられ、どのような感想をお持ちでしょうか。

田中ラクスルさんは以前から注目していましたが、改めてお話を聞き、素晴らしいビジネスモデルで、今後の可能性と広がりを感じました。当社は出版社ですので、印刷設備の稼働率が利益につながることを知っています。ただ、個々の印刷会社にはネットワークがないため、十分な対応ができない現状がありました。 それを一気に改革した点が斬新です。多くの中小企業は魅力的でユニークなサービス、商品を持っていますが、それを伝え、見せることはあまり得意ではないと思います。でも、宣伝や広報は必要で、事業を伸ばすうえで欠かせません。その点のサポートを提示した ことが素晴らしいと思います。中小企業にとって重要な営業とコミュニケーションの視点を両立させてくれると期待できます。マーケティングには効率が必要なので、外部に任せがちですが、中小企業でも自らプレーヤーになれるようにインフラ化したところが注目されます。
尾畑酒造さんも、海外に発信されていることで興味を持っていましたが、尾畑さんが映画の宣伝をされていたため、知らせる、興味を持たせる手法はプロの技です。自分が持てる知的財産を見直して展開されています。一番素晴らしいのは、佐渡でつくるお酒にこだわり、佐渡の過去、現在、未来に向けた文化を大切にしながら商品づくりをしているところです。それは、海外に出るときのストーリーとしても多くの人に支持されると思います。

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現地企業とタイアップ