平成29(2017)年の幕が上がった。アベノミクスの成長戦略などによって明るい年となることが期待される。中小企業にとって飛躍のためには、優れた事業や技術、人材などの経営資源をフル活用することが求められ、それを次世代に引継いでいくことだ。そこで、M&Aや事業承継によって事業拡大を図っている天竜精機の小野賢一代表取締役社長、東洋電装の桑原弘明代表取締役社長、杉山製作所の島田亜由美代表取締役社長の3氏を招き、高田坦史・中小機構理事長を交えて、中小企業・小規模事業者の事業承継と、事業拡大を実現する手法などについて話し合ってもらった。

座談会出席者

小野 賢一 氏

(おの・けんいち)

天竜精機代表取締役社長

1957年兵庫県生まれ。東北大学工学部卒。日製産業(現日立ハイテクノロジーズ)などを経て、2014年に天竜精機代表取締役社長。

桑原 弘明 氏

(くわばら・ひろあき)

東洋電装代表取締役社長

1968年広島市生まれ。呉工業高等専門学校卒。三菱電機プラントエンジニアリング勤務を経て、2008年東洋電装に入社。14年代表取締役社長。

島田 亜由美 氏

(しまだ・あゆみ)

杉山製作所代表取締役社長

岐阜県関市生まれ。インテリアコーディネーター事務所に約7年間勤務後、2000年に杉山製作所入社。12年代表取締役社長。

高田 坦史

(たかだ・ひろし)

中小機構理事長

(進行・中小機構広報統括室広報課長 林 隆行)

会社概要

天竜精機 株式会社

創業:1959(昭和34)年 / 所在地:長野県駒ケ根市東伊那5650 / 資本金:6300万円 / 従業員数:98人 / 事業内容:コネクター関連自動機、表面実装関連設備などの設計・製造

東洋電装 株式会社

創業:1970(昭和45)年 / 所在地:広島市安佐南区緑井4-22-25 / 資本金:1015万円 / 従業員数:50人 / 事業内容:制御盤製作およびシステム開発

株式会社 杉山製作所

創業:1962(昭和37)年 / 所在地:岐阜県関市旭ヶ丘3-13 / 資本金:1000万円 / 従業員数:25人 / 事業内容:金属家具等の製造・販売

後継者不在の廃業をいかに防ぐか

【はじめに】

新年あけましておめでとうございます。今回は、中小企業の事業を第3者または親族の立場で引継がれ、さらに新たな事業展開を図っておられる経営者の方々をお招きし、事業承継と事業拡大をテーマに話を進めさせていただきます。まず、中小企業全体をめぐる課題、とくに事業承継に関する現状と課題について、高田理事長からお願いします。

高田おめでとうございます。中小企業・小規模事業者の現状から申し上げますと、その数は1986年に533万社あったものが、30年間で381万社に、つまり約150万社減少しました。さらに詳しくみますと、150万社減少というのは廃業数と創業数との差を表したものですから、現実には廃業はその何倍かがあるわけです。最近の数字では、2009年からの5年間で約40万社が減りましたが、それに対して85万社程度が起業していますから、125万社近い企業が廃業している計算になります。これは中小企業の活性化からみれば大変大きなテーマで、然るべき対策が必要となっています。

中小企業側の実態をみれば、経営者の半分以上が60歳以上で、事業承継の平均年齢は70歳です。つまり、半分以上の経営者が今後10年以内に事業承継という課題に直面することが推定されます。その数は200万社近くにのぼります。一方、アンケートによると、そうした企業の半分は後継者が決まっておらず、承継の準備ができていません。廃業は経済全体の新陳代謝という観点からみれば必ずしも悪いことではないのですが、問題は、黒字で廃業している企業が44%もある点です。その理由の一つは、後継者がいないことです。

国としては、昨年3月までに全国47都県に事業引継ぎ支援センターを設置し終え、そうした事業引継ぎの相談に対応できる体制ができました。このほかにもさまざまな施策を講じています。中小企業などの経営者には、事業承継の重要性に気付いていただくことが最大のステップとなると思います。

雇用守る約束果たす

【事業内容と第3者承継】

それでは、3人の方々にそれぞれ事業内容と事業を引継がれた経緯、引継ぎ時の約束事などがあれば、お話しいただきたいと思います。

小野当社は、コネクター関連や電子部品の自動組み立て装置、つまり省人化、FA(工場自動化)機器を製造しています。主な顧客は大手電子部品メーカーです。私自身は2014年11月に社長として入社しました。

天竜精機はオーナー経営が3代続きましたが、後継者に困っていました。たまたま知り合った名古屋市の経営者派遣コンサルティングの方と天竜精機のデュー・デリジェンス(資産査定)を行うことになり、私もそのメンバーになりました。

私自身はそれまで、日立製作所系の商社に35年間勤め、FAや半導体関連の後工程の自動機などで事業本部長も務めました。天竜精機は同業といえます。そんなこともあって、デュー・デリを重ねるうちに、そのコンサル会社の社長から「天竜精機の社長をやってもらえないか」という話をいただきました。短期で業績をあげるより、長期的な視点で経営を任せてもらえるところにも共感したほか、私もそれまでの経験を生かせますし、貢献できるのではないかと考え、承諾したという経緯です。

引継いだ時には、先方の社長から「会社をつぶさないでくれ」という話があった程度ですが、引継ぎ後も従業員の雇用も処遇も守っています。

桑原社長は親族内承継とM&Aという第3者承継を経験されています。とくにM&Aの経緯をおうかがいしたいと思います。

桑原当社は高速道路の通信関連や空調、工場のラインを制御する制御盤を製造しています。父が創業し、私は三菱電機系の会社勤務を経て、2008年に入社し、14年に2代目社長に就任しました。

ちょうど私が社長に就任する直前に、同じ広島市内にある同業のバロ電機工業さんを買収しないかという話がきました。バロ電機工業さんは後継者に困り、先ほど話が出ました広島県事業引継ぎ支援センターに相談されていました。そこから広島銀行さんに紹介され、広島銀行と取引のあった当社にM&Aの話がきました。

最初は、当社は他社を買収できるような会社ではないという気持ちだったのですが、バロ電機工業さんが何年も後継者を探していると聞きました。私は東洋電装に入社してから、事業を継続することの難しさが分かっていました。先代の社長と一緒に先方の会社を訪問したりしているうちに、先方の社長の人柄や、実直に仕事をされていることが分かり、違和感がなくなりました。その結果、父と相談して買収を決断しました。

買収のメリットは、同業とはいえ、顧客先が違うことです。バロ電機工業さんは自動車関連、われわれは社会インフラ関連で、一緒になれば市場拡大が見込めるからです。買収から約1年半がたちますが、その後もバロ電機工業の社名は残しており、「雇用を守りたい」という先方の要望も守っています。

技術を変えず事業転換

【親族内承継】

島田社長は親族内承継をされましたね。

島田当社は父が創業し、もともとは自動車部品加工の会社でした。1990年初めのバブル崩壊後の10年間は、顧客の海外生産移転や製品のコスト低下要求などにより厳しい経営状況に陥りました。そうした状況の中で、私は2000年に入社しました。私自身はそれまでの7年間程度、インテリアコーディネーターをしていましたが、父親の会社を何とかしたいと思ったからです。ただ、自動車部品という下請けでは将来がみえないと思い、そこから脱却するために、私の経験も生かして自社製品の開発を目指しました。当社は金属加工の技術を持っていますから、私がデザインをして鉄製商品陳列棚などの店舗用什器の製造に乗り出しました。

さらに、2010年ごろからは鉄製家具と建材のブランドをつくり、製造を始めました。鉄製家具の販路開拓では、福岡県の家具名産地や、飛騨地方の展示会でバイヤーたちに会いに行って商品を見てもらったり、インテリア関連などの展示会にも積極的に出展したりして、少しずつ新たな販路を拡大してきました。その結果、私が社長に就任した2012年には売り上げに占める自動車部品の比率はゼロとなり、すべて自社製品となりました。約11年間かかりましたが、技術を変えずに事業構造を転換できました。

高田自動車部品製造を継続する気はなかったのですか。

島田自動車部品を続ければ、設備投資なども必要となりますので、どちらかを選択した方がうまくいくと感じていましたから、徐々に減らそうと考えました。現在の家具や建材は手づくり感を魅力としています。手づくり感のある製品を量産できる仕組みもつくりあげました。いろいろ苦労はしましたが、入社したころと売り上げの面でもだいたい転換できました。

事業引継ぎは三者三様ですが、第3者承継のお2人の話について、高田理事長からお聞きになりたい点があれば。

高田小野社長は大手企業を辞めて天竜精機の社長に就任されましたが、通常は経営者が外部からきて簡単には引継げないと思うのですが。

小野前職では35年間にわたり、営業畑を歩んできました。その間に生産子会社の取締役もやりましたので、工場の経営は分かっていました。自動機という業界も同じで、昔の人脈、ものづくりの人脈を活用できたことが大きいですね。取り扱う製品の中身は先代の社長よりも私の方が詳しいというケースもありました。また、設計部門と同じ言語でコミュニケーションがとれることが、外からきて社長業をこなせた要因だと思います。

ただ、苦労したのは、前職とは置かれた状況や人材の質が違ったことです。厳しい競争社会の中で切磋琢磨する企業文化が地方企業にはなかなかありません。どうやって社員の士気を鼓舞するかについては悩みました。自分の経験値だけでやれば独りよがりになってしまいます。成長するにはどうすべきか、伝え方が難しいため、今でも一歩ずつ着実にコミュニケーションを進めています。

高田確かに、中小企業が大手企業と同じような社員教育をするのは難しく、どうしても温度差が生じるのは分かります。桑原社長はM&Aで買収する際、本当に買っていいのか、買収金額は適正か判断に悩むことはなかったのでしょうか。

桑原デュー・デリジェンスに対する知識がなかったので、そこは仲介してもらった銀行に助けてもらいました。バロ電機工業さんは厳しい環境下で業績が右肩下がりでしたが、内部留保が厚く、黒字企業でしたので不安はなかったですね。むしろ、買収金額としては安かったのではないかと思っています。

高田資産はデュー・デリで把握できるでしょうが、売上高の縮小傾向には何か理由があるはず、と考えるのではないですか。

桑原バロ電機工業さんの社員数は当時10人で、この規模だと社長のワンマン体制が常です。社長の一声ですべてが決まるので、それで売上高が落ちているのであれば、体制に問題があると考えました。私が東洋電装に戻ってきたときの社員数は同じく10人規模でした。今は50人を超えていますが、10人で仕事をする姿を見てきましたので、やり方さえ変えれば何人かは頭角を表してきます。それで元気を取り戻せば業績が伸びてくると思いました。中小企業の財産は人です。スムーズに経営を引継ぐために、先方の社長さんには、1年間はバロ電機の会長を務めていただきました。

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