中小機構におけるIT利活用【後編】

「起業ライダーマモル」の提供開始よりまもなく1年。この間、中小機構におけるITの利活用は着実に進められてきた。2019年1月の新ロゴへの変更も経て、同年4月には、新たな目標期間(第4期中期目標期間)の開始を控えた中小機構におけるIT利活用の現状や展望を、昨年に引き続き、業務改善推進室の佐々木室長とAIプロジェクト推進室の野木森室長代理に聞いた。

1)1年ぶりのインタビューということで、当時とはいろいろ状況も変わったことと思います。まず、起業相談チャットボット「起業ライダーマモル」(※1)は1年間かけて実証実験を実施されていますが、経過はいかがでしょう。

野木森 修

まずは起業をしたい方の「よくある相談」に一通り答えられることを目標に1年間実証実験を行ってきました。支援策を紹介するだけではなく、起業のヒントとなるようなコンテンツを提供したり、起業に関する記事をタイムリーに紹介したりと、何回も「会いたい」とユーザに思っていただけるような工夫をしてきました。この3月にはさらに一歩進んで、個々の相談者の事情に即したお悩みなどに答えられるようになることを目指して、バージョンアップ版「マモル2.0」をリリースする予定です。

佐々木 健

着実に進化しているね。私もマモルとは「友達」。以前と比べて頻繁に情報提供してくれるようになった。

野木森 修

一歩一歩、という感じではありますが(笑)あと、この1年間のAI関係の動きで特筆すべきこととしては、「小規模企業共済チャットボット」の実証実験を実施したこともありますね(※2)。小規模企業共済は、中小機構の事業のなかでも特に利用者が多い事業であり、日々たくさんのお問い合わせをいただいているので、チャットボットで対応できるようになることのインパクトはとても大きいと思います。

佐々木 健

対応できる時間帯が限られるコールセンターのカバーができる。チャットボットなら24時間365日対応可能、とてもインパクトは大きいね。

野木森 修

さらにこの3月には、新しい経営支援のサービス「E-SODAN」の実証実験も開始します(※3)。「マモル」は起業に関する相談に特化したチャットボットですが、E-SODANは、より広範な経営相談に対応することを目指しています。昨年もお話ししたかと思いますが、「マモル」は中小機構が公開しているウェブサイト「J-Net21」(※4)や経営相談を通じて蓄積した起業に関するデータを活用していますが、E-SODANでも中小機構の経営支援部門に蓄積している、ハンズオン支援(※5)や経営相談等で得られた知見やノウハウを活用しています。さらに大きな特徴として、チャットボットと有人チャットの併用型になるという点があります。AIチャットボットではカバーしきれない部分を生身の人間(専門家など)がカバーすることで、昨年のインタビューでお話しした、「AIと人との共存」のひとつの形をお示しできるかと思います。

佐々木 健

経営支援部門のノウハウは、全国の地域本部の職員や専門家の、現場でのリアルな経験がフィードバックされたもの。より実践的な内容になることが期待できそうだね。

野木森 修

経営支援部門のノウハウは実践的な反面、それをチャットボットで活用するには課題もありました。いくら膨大なノウハウが蓄積していても、個々の実績や事例集の形で残すだけでは、AIにそのまま活用することは難しい。AIで活用できるようにするには、「アウトプットのための蓄積」を意識しなければならない。今までそういうことが必ずしもできていたわけではないということを、改めて思い知らされました。

佐々木 健

IT導入が仕事のやり方を見直すきっかけになることは、この1年間、業務のIT化推進に携わる中でも強く感じたところです。取組のひとつに、定型業務効率化のためRPA(Robotic Process Automation)を導入しました。RPAは、これまで人手をかけてやっていた定型業務を、人の代わりにロボット(プログラム)にやってもらいます。対象業務を選定するにあたっては、それぞれの業務を工程、工数、担当者などの要素に分けて「見える化」することが必要です。要は、業務の一部を人ではなくロボットに引き継ぐための引継資料を作成するイメージ。これがなかなか大変で、ロボットは極めて論理的なので、詳細まできっちりと詰めなければならない。当たり前だけど、ごまかしが利かないのです(笑)

野木森 修

少しでもごまかしたら、ロボット動かなくなっちゃいますからね(笑)

佐々木 健

RPA導入をきっかけに業務が「見える化」し、無駄なプロセスが見え、よりよい方法を思いつき、また、これまで取れなかったデータが取れるなど、今までの「当たり前」が崩れる経験をした部門がいくつかありました。つい言葉が先行してしまいがちですが、AIやITの本質は、業務の効率化だけではなく、それによって時間を生み出し、価値のある業務に時間を振り向けることと、あらためて感じたところです。

(※1)
起業ライダーマモル
(※2)
小規模企業共済
小規模企業共済チャットボット<トライアル>
(※3)
E-SODAN
(※4)
J-Net21
(※5)
ハンズオン支援

2)この4月から始まる5年間の新たな中期目標期間(第4期中期目標期間(※6))においても、AIやITの活用を進めていくことが随所に掲げられています。AIやITの活用により、中小企業支援の形はどのように変わっていくのでしょうか。

佐々木 健

簡単なことではありませんね(笑)まず前提として、中小機構が「顧客重視」のスタンスを徹底していくということはこれまでと変わりません。私たちのお客様である中小企業と地域の中小企業支援機関。中小企業は全国358万社、そのすべてに中小機構や中小企業施策のことを知っていただき、支援メニューにアクセスしていただく。全国の中小企業や支援機関のすぐ手の届くところに中小機構があるというイメージです。そのためには、時間、距離、コストという制約を乗り越える必要があります。そこで有効なのがAIやITです。困ったとき、何かを知りたいとき、ヒントを得たいときに、お客様が気軽にアクセスでき、自立的に活動できる世界を実現したい。これが「プラットフォーム」の理想の形なのだと思います。

野木森 修

でも、だからといって中小機構が「待ち」の姿勢なのかというと、決してそうではない。この数年で、中小機構は以前にも増して情報発信に力を入れるようになりました。情報発信は、ともすれば広報部門の仕事、というような意識となってしまいがちです。しかし、個々の支援メニューの提供と情報発信とは表裏一体の関係なのだという意識で、職員個人のレベルで情報発信に注力すべきであると思います。ひとりひとりが中小機構とその支援メニューについて情報発信していくこと。この点についても、これまでに増して注力していくべきだと思っています。

佐々木 健

AIやITの話をするとついプラットフォームばかりを強調しがちになりますが、プラットフォームを形成する元は何かというと、中小機構がこれまで伝統的にやってきた事業に関するノウハウの蓄積にほかなりません。ですから、今後も現場を重視していく姿勢は変わりません。プラットフォームだけでは対処できない課題については人対人の生身の対話を重視したやり方が不可欠で、人がつながるアナログの世界が大事であることは変わりません。また、実際に支援をお届けした際のお客様の生の反応を施策にフィードバックすることもまた重要です。中小機構が全国に地域本部を有し、職員を配している意味を今一度しっかり考えなければならないと思います。デジタルの世界とアナログの世界、両者の意義を活かしたいです。

野木森 修

中小機構の最前線はやはり地域本部ですからね。もちろん、最前線でも必要に応じてAIやITを活用していくことになると思います。効率的・効果的な支援のやり方を考えたら結果的にAIやITを活用していた、ということであり、殊更に強調するようなことでもないのかもしれませんが(笑)

(※6)
中小機構の中期目標・中期計画

3)新たな中期目標期間の開始に先立ち、1月に中小機構のロゴマークが一新されました(※7)。新しいロゴマークについて、おふたりの率直な思いをお聞かせください。

佐々木 健

がらりと変わりましたね(笑)気に入っているのは”Be a Great Small.”という言葉の部分で、主語が中小機構ではなく中小企業であるところが好きです。中小企業が「規模の大小に関係なく、偉大な価値を生み出す、かけがえのない存在」であることを世の中に広く伝え、Greatな中小企業の皆さんが、さらに活躍できる基盤をつくっていくのが私たちの使命であることが、端的に表されているように思います。

野木森 修

ロゴの一新は、職員のボトムアップで進めたプロジェクトです。プロジェクトチームのなかでももちろんいろんな思いがありましたが、中小企業への敬意とそれを支えていきたいという思いは共通していました。デザインについてはひょっとすると職員のなかでも好みが分かれるかもしれませんが(笑)、そこに込められた思いについては共感を得られるものとなったのではないかと思っています。

佐々木 健

「思い」といえば、新たな中期目標期間を迎えるにあたり、中小機構の職員が拠り所とする「行動指針」を策定するプロジェクトを進行中です。そもそも中小機構の存在価値は何か?という根本的な問いから考える職場内ワークショップを開催、延べ300名近くの役職員が参加しています。部門を越え、世代を越え、そして役職を越えて、参加者が同じ条件で、同じテーマについて語り合える場。気持ちを新たに次の5年間に向かう今、中小機構のことを今一度見つめ直し、存在意義や仕事の意味を問い直すきっかけになればと思います。

「行動指針策定ワークショップ」の様子。「中小機構の存在意義は?」「中小機構職員として大切なことは?」といったテーマについて、対話形式で根本から問い直している。

野木森 修

「生まれ変わる」「変革する」といったニュアンスではなく、佐々木さんがおっしゃるような、スタンスはそのままに、「見つめ直す」「問い直す」といった表現が的確ですよね。新しいロゴは、そのシンボルとして捉えていただければよいかと思います。

(※7)
中小機構のVI(Visual Identity)

4)「見つめ直す」「問い直す」先に、新たな何かが生み出されていくことに期待せずにはいられません。最後に、中小機構の新しい5年間を迎えるにあたり、お二人が大切にしていきたいと思われることをお聞かせ願います。

佐々木 健

ワークショップを通して感じているのは、世代間で仕事への感じ方にギャップがあることです。メディアでも時々報道されますが、今の日本社会で強く起こっていることかもしれません。世代間で経験した時代背景が異なり、特に、現在は成長期から成熟期への急激な変化の時期。やればやるだけ結果が出て伸びていた時代から、情報にあふれ、そこから何をすればよいか、選ぶ時代に変わっています。一体何をやれば良いのか、どの方向に進めば良いのか、成長期を知らない若い世代は、慎重すぎて、選り好みが強い印象に映るかもしれません。逆に、上の世代は、動くこと、結果を出すことが習慣化され、若い世代にそれだけを求められると強引に映るかもしれません。両者がともに生きるのは不確実性の色濃い「今」なので、お互いが理解に努め一緒に知恵を出し合い試行錯誤していくよりほかにないと思います。私は両世代をかすめるような形で社会人生活を送っているので、重要な役割があるのでしょうか(笑)。意味を考え、話し合い、「まず、やってみる」姿勢で試行錯誤をしていきたいと思っています。

野木森 修

「まず、やってみる」姿勢もそうですが、それと同じくらい、「サービス業の視点」を持つというマインドもまた、職員のなかで育ってきていると感じています。中小機構の職員としての自分は、行政官なのか、それともサービス提供者なのか、わからなくなることがときどきありますが、このような感覚こそ大切にしていきたいと思っています。このことは、中小機構が過渡期にあるということのひとつの表れなのかもしれません。その先に、省庁ではなく、民間企業でもない、独立行政法人という組織のひとつのあり方が見えてくる気がしています。

佐々木 健

両者の要素を合わせ持つことが必要ですが、それもひとつのあり方で、ゴールではない。今の世の中、変化することは当たり前であるという気持ちを持って、次の5年間を駆け抜けていけることを願っています。

中小機構がチャレンジしているAIやITを利活用した支援は、「顧客重視」というスタンスと、長年培ってきたノウハウに支えられている。中小機構が全国358万者の中小企業やその支援機関からすぐ手の届くところに当たり前のようにある。自らの存在意義を問い直したうえで邁進する次の5年間の先には、そんな理想が現実化していることが大いに期待される。

いつでも、どこでも、経営に関する相談ができるチャットサービス窓口

『E-SODAN』

プロフィール

  • 佐々木 健平成6年入社

    沖縄事務所で中小企業支援に広く携わった後、「よろず支援拠点全国本部」の立上げを経て、現職。中小機構の業務改善と組織活性化を中心となって推進している。

  • 野木森 修平成18年入社

    共済資金の運用や共済制度の改正、中小企業大学校の運営、BusiNestの立上げを担当。その後中小企業庁への出向を経て、現職。AIを活用した経営支援ツールの開発のほか、中小機構の有するデータの有効活用を率先して進めている。