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小口開拓で利益確保を優先 【大裕鋼業(大阪府堺市)】

海外需要見込みベトナムへ進出

 

にっぽん元気カンパニー

大裕鋼業
【事業内容】 各種薄鋼板のレベラーカット、切板、スリット加工販売。一般鋼材・鋼管の販売
【設立】 1961(昭和36)年1月
【資本金】 1億円
【従業員数】 100人

全力疾走の日々

レベラーライン
ロール状の鋼板を伸ばし歪を矯正するレベラーライン

 「おたくは順風満帆でよろしいな」と言われる。大裕鋼業代表取締役社長の井上浩行氏は周りのことは気にせず、社員とともに「正しい判断と思うことを必死に実行してきただけ」と強調する。
 しかし、周囲の見方もうなずける。日本経済が停滞する状況下でも業績は右肩上がりを続けてきたからだ。
 そこには創意工夫で厳しい経営環境を乗り越えてきた経営努力と「自分には明日がない。毎日が勝負だと決め、クタクタになるまで全力疾走してきた」という井上氏の執念が実績に表れただけ。生き残りを賭けた中小企業の“ど根性”を示す挑戦でもある。
 大阪府第2の都市、堺市の堺泉北臨海工業地帯に本社を置く大裕鋼業は、鉄鋼大手から仕入れたコイル状の鋼帯を、顧客の要求に応じ加工切断し販売する薄鋼板の加工販売を手掛ける。
 1958年に父親の井上作雄会長が大阪市生野区で創業し1977年に現在地に移転した。

超短納期も即応

井上社長
「休日返上で工場に入った」と率先して動く井上社長。社員の信頼は厚い

 ターニングポイントは1998年の拡大路線からの転換だった。当時専務だった井上氏は、数量にこだわり薄利多売だった経営方針を改め、小口顧客を開拓することを提案。社内には様々な問題や抵抗があったが、押し切って実行した。大量仕入れ大量販売は工場の稼働率を上げるが、リスクが大きい。経済の拡大期ならいいが、低成長期では避けるべきとの判断だった。
 「一軒ずつ小口顧客を開拓しました。細かいニーズに対応する分、加工費を上乗せして利益は確保できましたが、工場では小ロット注文は後回し。意識改革に時間が必要だった」と井上氏は当時を振り返る。
 2002年に第2代の社長に就任。そのころ大手鉄鋼メーカーから大量の注文が入った。小口顧客の仕事を滞らせないため「私自身が月〜金は通常業務を、金曜日の晩から月曜日の朝まで夜勤として工場に入りました。3ヵ月間の苦闘が終わったころから、工場内の雰囲気が一変しました」(同)。小ロットでも面倒がらずに即応する、率先して動く姿がみられるようになる。
 すぐ欲しいという超短期の注文にも即応し、コスト増でも顧客は喜ぶ。工場も利益意識が高まり、円滑に回るようになる。小口でも安定顧客につながった。

需要減を海外で

 足元の景況感は悪くない。10月以降は堅調さが続く。「首都圏を中心とする建設関連の好調さが要因でしょう。今後はオリンピック需要で鋼板の販売量も増えることが見込めます。海外で売り負けていた産業機械、建設機械も勢いが戻るのでは」(同)と国内需要の復活傾向を語る。
 しかし、業界全体で見るとバブル期の6割程度に戻ったに過ぎない。この需要減を補うのは、経済発展が見込める東南アジアの新興国しかないとの考えから、井上氏は中小機構の海外展開F/S支援事業を活用した。これまでアジア諸国で鋼板加工販売であるコイルセンター運営の指導などを行い、現地の実態などを勉強してきただけに、事業化目的で調査したベトナムは最適な場と感じたという。

常に先頭を走る

 昨年7月、日本国内の顧客に対する現地進出サポートと、現地有力商材の日本への紹介、現地でのコイルセンターでの事業展開を目指し、ベトナム事務所をホーチミン市に設立。今年4月には「ダイユー・スチール・ベトナム」として現地法人化し、9月から操業を開始した。
 「中小機構の支援でベトナムへの進出を決め、担当者から助言をもらいながら現地生産までできました。業界では初の独資進出です。まだ1社ですが顧客も開拓でき、これから地元企業への営業を本格化させます」(同)とベトナムでの事業展開に意欲を示す。
 入念に調査し、実行はスピード感をもって臨む。井上氏は今後も妥協せず、自らが先頭になり走り続ける。

中小企業施策普及紙「中小企業振興」/平成26年12月15日発行 第1134号