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震災乗り越え東北一の会社に 【カホク運送(仙台市)】

原価意識、付加価値が向上

 

にっぽん元気カンパニー

カホク運送
【事業内容】 貨物運送業
【設立】 1957(昭和32)年
【資本金】 1000万円
【従業員数】 33人

人として当然

佐藤代表取締役
「困っている人の悩みを聞ける会社にしたい」と話す佐藤代表取締役

 「揺れているうちに会社の窓から海を見たら、水が引いていった。これは大変なことになると思い、社内にいた従業員17人や家族にも避難を指示した」。 3年半前の東日本大震災をこう振り返るのは、当時、宮城県石巻市で営業していたカホク運送の佐藤俊一代表取締役だ。
 津波は海岸から50メートルの地にあった2階建て社屋をも超え、会社も自宅も全壊。救いは、従業員43人や家族、早期に退避させた運送車両33台が無事だったこと。それでも、震災から一夜明けると「空襲にあったように周囲はグレー一色。ショックで涙が流れた」(同)。
 途方に暮れるばかりでは前に進まない。佐藤氏は翌日から率先して交通整理や食糧・飲料水などの支援、物資調達にあたった。とくに物資調達では運送車両を保有しているため、警察から緊急車両のステッカーを発行してもらい、大きな役割を果たした。誰から頼まれたわけでもないが、「人として当たり前のことをやっただけ」(同)と、先頭に立つ経営者としての顔をみせる。

一般貨物に転換

 佐藤氏の営業再開に向けた決意は固まっていたが、震災から8日後には改めて全従業員を集め家族や実家の状況を確認したうえで、市内の空き地を借りて事業を再開。「まず従業員の給料を下げないために小さな配達の仕事もこなし」、年が明けるころには売り上げは震災前の水準に戻ったという。
 まさにゼロからのスタートだったが、「マイナスよりはまし」と気にかけなかった。マイナスとは、佐藤氏の祖父が創業したカホク運送の経営を任された平成4年ごろのこと。当時の売り上げ比率は地元の水産物運送が8割、比較的収益性の高い一般貨物が2割で、累積赤字も抱え、資金繰りも苦労した経験があるからだ。佐藤氏は関東や関西の一般貨物の顧客を増やし、震災前には一般貨物の比率を8割まで上げた。この経営体質があったために、事業再開には確信があったのだ。

石巻から仙台に

 売り上げが戻ったとはいえ、利益面では厳しく、本社は仮住まい。本社跡地は防災のため土地がかさ上げされたものの、周囲の道路が通じる見通しが立たず、「石巻で会社を続けるのは難しい」と感じていた。
 そんな折、取引銀行の紹介で仙台市宮城野区に約1440平方メートルの土地を確保し、国のグループ補助金(中小企業等グループ施設等復旧整備補助事業)決定を受け、仙台移転を決断した。この間、家庭の事情などでやむなく会社を辞める人もいたため、従業員は10人減り、運送車両も26台に減ったが、昨年5月に新天地で再スタートを切った。
 仙台市に移ったことで、「顧客の情報が入るのは早いし、従業員の働く意識も違ってきた」とのメリットも生まれた。

従業員が定着

10トン車を洗浄する従業員
敷地内の洗車場で10トン車を洗浄する従業員

 カホク運送のさらなる前進を支えるのが中小機構のアドバイザーだ。佐藤氏は「売り上げは元に戻りつつあったが、その先が見えない」と感じていたところ、中小機構の存在を知り、2年前から震災復興支援アドバイザーから組織運営や決算管理、本社再建などについて助言を受けた。
 その効果について「管理会計の導入で原価意識に強くなり、付加価値を上げる意識も強くなった。何より、従業員が辞めなくなった。成果を出せばきちんと評価する人事管理ができるようになったため」という。

さらに意識向上

 同社は昨年、「“今”に感謝、“ここ”に全力」との社是を決め、従業員と唱和して一体感を高めている。佐藤氏自身も、毎日早起きして社屋内外の掃除を実行。「自分の意識をもっと成長させたい。自分が変われば、会社も変わる」と話す。
 この7月からは中小機構の専門家継続派遣制度により、長期的な発展を目指して経営基盤と財務体質強化を図る新たな経営目標や経営計画の策定などに乗り出した。
 佐藤氏は将来像について「5カ年の中期計画により、東北一の利益の出る会社にしたい。売上高は10億円を目指すが、大きくなることよりも、働く人の意識をさらに上げ、応援していただいた人にも喜んでもらえる会社にしたい」と意気込んでいる。

中小企業施策普及紙「中小企業振興」/平成26年9月1日発行 第1127号