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沖縄工芸品を県外にブランド展開 【ゆいまーる沖縄(株)(沖縄県浦添市)】

卸売業で初、海外販路開拓にも照準

 

にっぽん元気カンパニー

ゆいまーる沖縄(株)
【事業内容】 沖縄工芸品の卸・小売り事業
【設立】 昭和63(1988)年
【資本金】 4723万円
【従業員数】 20人

創業者の思い胸に

 「沖縄を自立させたい─創業者が抱いた強い思いを忘れることなく頑張っています」─ゆいまーる沖縄の鈴木修司社長はこう口を開く。 「おカネをもうけようと立ち上げた会社ではなかった」(鈴木社長)。創業者の玉城幹男氏がこんな考えに至ったのは、集団就職先の東京での様々な辛い体験が背景にある。沖縄に戻った同氏は沖縄産食品を県外に販売する会社を1988年に設立する。当時、東京では沖縄産食品はほとんど手に入らず、同社の県外に卸す仕事はその先駆けとなるものだった。
 その後沖縄料理店などの取引先も増え、会社の業績は右肩上がりで推移した。だがその後、大きな経営危機に直面する。その時、ある出来事が立ち直りのチャンスを与えてくれる。

民具で立ち直り

鈴木社長
「当面、県外の主要なインテリアショップなどに沖縄工芸品を流通させてブランドを認知させるのが目標」と語る鈴木社長

 沖縄産業まつりに同社の食品を販売する際に民具を一緒にディスプレイしたところ、本業の食品よりも民具の売れ行きが格段に良かった。これが、同社が沖縄の民具、工芸品分野に本格参入するきっかけをつくる。
 鈴木社長は千葉県出身で、「絵の勉強をしたくて大学受験のため沖縄に来た」(同)。ところが合否の結果が出ないうちに沖縄に引っ越しし生活を始めてしまった。「沖縄に根差した仕事をしたい」(同)と漠然と考えていた時、アパート近くでアルバイト募集が目に留まり面接に赴いた。同社長はこうして同社と出会い、その後劇的な道筋をたどることになる。

工芸品を強化

 同社のカリスマ的存在だった創業者が51歳で他界した後、鈴木社長は今から5年前、30歳の若さで社長に就任した。創業者から様々な薫陶を受けてトップに就任した同社長は、社員に向かってまず「会社はみんなでつくろう」と呼びかけた。
 商品に関してはあらためて、工芸品に力を入れた。沖縄は元来、伝統工芸の盛んな地域。中でも陶器や琉球ガラスは沖縄の観光市場を支えてきた。小売り分野ではインターネット通販を立て直した。沖縄を訪れる観光客などを対象に、事前にネット通販で注文してもらう手法。これが当たり今では全売り上げの25%を占める柱に成長した。併せて規模の拡大でなく利益優先主義に経営方針を転換した。ピーク時には7店舗あった実店舗を収益率の低い店舗から閉鎖し、今残るのは2店舗だけだ。

 

「地域資源」を活用

ブランド「nife(ニーフェ)」
透き通るような白地に、藍色の唐草模様が美しく映える「nife」ブランド品

 沖縄工芸品を県外にも販路を拡大しようと考えていた折、中小機構沖縄事務所の地域活性化アドバイザーと出会い、アドバイスを受けながら、平成24年2月に地域資源活用事業計画の認定を受けた。新たな沖縄工芸品を異業種連携しながら生み出し、県外で真っ向勝負しようという事業だ。
 卸売業としては初のブランドを作った。「nife(ニーフェ)」(沖縄の言葉でありがとうを意味する「にふぇーでーびる」から命名)、「serumama(セルママ)」(火の神)などだ。卸し先はインテリアショップやセレクトショップ。「未知の世界で全国の工芸品と戦わねばならない」(同)中、「全くノウハウのない部分を中小機構にアドバイスしてもらったことに感謝している」(同)。東京などで開かれる関連展示会にも積極的に出展し、ブランドの知名度向上に努める。
 人づくりにも独自の視点で取り組む。月1回、パートも含めた全社員参加で月次決算の研修会を実施する。半日間業務をストップし利益の大切さをみんなでシェアする。
 早朝勉強会も月1回、「6時59分から1時間半程度、創業者の会社設立の思い、会社理念などを学ぶ」(同)。事業内容は以前と変わったものの創業者のDNAは脈々と受け継がれている。
 次のステップは連携先の工房などをさらに増やすことと、海外でも沖縄工芸品を流通させること。特にデザイン力などモノづくりの水準が高い欧州に狙いを定めて販路開拓したい計画という。

中小企業施策普及紙「中小企業振興」/平成25年4月1日発行 第1093号