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通信販売で接骨院市場を開拓 【ダイヤ工業(株)(岡山市)】

全身筋肉スーツなど 健康・スポーツ分野進出も視野

 

にっぽん元気カンパニー

ダイヤ工業(株)
【事業内容】 医療用品メーカー
【設立】 昭和38(1963)年4月
【資本金】 1000万円
【従業員数】 81人

会社存亡の危機に

 「女性用のバッグ製造の下請けをしていた当時、売り上げが7割も占めていた取引先が突然倒産し、会社は存亡の危機に立たされた。これからどうするかと、義父に当たる先代社長は必死だったと思います」─ダイヤ工業の松尾正男社長は、経営が岐路に立たされた頃の先代社長の苦悩を思いやる。
 同社の旧社名であるダイヤゴム工業が設立されたのは1963年。2年後に現社名に変更する。松尾社長は先代社長に請われて80年に入社、ミシンを使い縫製の仕事と営業を担当した。取引先倒産による存続の危機に直面した時、「下請けよりは自社製品を持つメーカーになりたい」との方針で進むことにしたがまず、当面の危機を乗り越えるのが先決。
 こうした折、腰痛用などの牽引器で急速に伸びている会社から仕事の声がかかった。「袋物(バッグ)を作っていた時とは雲泥の差の活況ぶり」を肌で体験し、健康・医療分野に将来性と魅力があることを初めて学んだ。もっと身近にこのことを学ぶ機会も訪れた。

コルセットを販売

松尾社長
「あなたのための、あなた1人だけのための製品を作るという、オーダーメードを柱とする企業になっていければと考えています」と語る松尾社長

 先代社長の姉が腰痛用コルセットを使用していた際、幅が広くて固いことに閉口し相談を受けた時、コルセットの幅を狭くしてあげると「大変喜んでくれた」。松尾社長はその時、利用者ニーズにきめ細かに応えていけば医療関連製品を作っていけるのでは、と感じた。同社は縫製技術については高い技術と経験を持つ。先代社長の発案でミシンを改造するなどして、腰痛用コルセットの製造販売にこぎつけた。会社創業から約20年を経た84年のことである。
 だが販路開拓は困難を極めた。病院はハードルが高く、薬局は返品可能という条件が同社の方針に合わない。その時「既存の商品では患者の体型や症状に応じて自由に商品が選べず、思ったような効果があがらない」と、松尾社長はある接骨院の先生の一言を聞き、即座に接骨院分野への参入を決意した。
 ただ、問屋経由では思うように任せず、販売は伸び悩んだ。その時先代社長は自らイラストを描いたハガキを作り、直接接骨院に送るという突拍子もない行動に出た。これがその後同社の屋台骨を支えることになるカタログ販売の端緒となる。

千差万別のニーズ

 全国に接骨院は約4万カ所あるといわれ、同社の取引先はその6割強に及ぶ。今やニッチな市場でのトップ企業だ。製品は接骨院の先生を通じて患者に渡す、いわゆるBtoB。「接骨院によりニーズは千差万別、そこに当社の生きる道がある」という。着脱方法を工夫した腰痛用コルセット、肘、膝、手指、けが予防や瞬発力アップ効果が期待できる足首サポーターなど自社製品は1000種類に上る。
 松尾社長がトップに就任したのは96年。その翌年に年商が5%落ちた。「一番の原因は危機感の不足」と、トップがカリスマ的に会社を引っ張るやり方から、「社員に力を貸してもらい、心の通う通信販売を心掛ける」という新たな方針に切り替えた。98年から毎年、新卒採用を開始、平均年齢は28.5歳に若返った。以来、売り上げも快調に右肩上がりの推移をたどっている。

中小機構施設に

全身筋肉スーツ
岡山大インキュベータの開発拠点で開発、商品化した全身筋肉スーツ

 中小機構との出会いは2008年、同機構が運営する岡山大インキュベータへの入居。同社が入居第1号で、新製品の開発を産学連携で進める拠点とするのが目的だった。そこで生まれた全身筋肉スーツは、全身の運動機能をサポートする製品で、健康・スポーツ分野への進出を目指す同社の期待の製品だ。
 入居を機に財務・原価管理の専門家派遣、新製品のマーケットリサーチのための販路開拓コーディネート事業などの支援を受け、「好ましい組織風土になりつつある」と松尾社長は同機構の支援に感謝する。
 同社は今年度、「中小企業の海外展開のためのF/S事業」にも採択され、医療先進国の米国、ドイツなどを中小機構担当者の同行を得て視察する予定だ。
 今後は「欧米で実力を磨き、世界でもキラリと光る企業を目指したい」という。この大きな目標に向け、若い職場には意欲と熱気があふれている。

中小企業施策普及紙「中小企業振興」/平成24年11月1日発行 第1083号