コンテンツへ

ワイエー商事(釜石市新浜町仮設事務所・店舗)

仮設からの報告【第7回】─岩手県釜石市2─
「ゼロからのスタート」

ワイエー商事(釜石市新浜町仮設事務所・店舗)

北東北3県をエリアに検査機器を販売

ワイエー商事 阿部幸夫取締役ワイエー商事
阿部幸夫取締役
 「新浜町仮設施設」のA棟2階で営業を再開したのが「ワイエー商事」。水質・環境・水理用計測機器の販売を手掛けるベンチャー企業として平成7年、阿部幸夫取締役(67歳)が50歳の時、脱サラして設立した会社である。最初は、漁網資材販売などの仕事をしていたが、アレック電子(現JFEアドバンテック)の分析機器の販売を手伝ったのをきっかけに、青森、秋田、岩手の北東北3県をエリアにした大学、研究機関を対象にした試験機器の販売を手掛けるようになった。大学の先生方と一緒に検査機器をかついで実験地を歩いた。釜石市周辺には、大槌町の東京大学海洋研究所、釜石市の岩手県水産技術センター、北里大学海洋研究所が立地しており、試験機器に加えてプランクトンやアユの稚魚などの実験材料の注文を受け、納入する仕事を十数年、先生方との信頼関係を築いてきた。
 

取引先からの電話で事業再開を決断

 しかし、3月11日の東日本震災で釜石市魚河岸町の船員会館1階に入っていた事務所は、津波で使えず市内の天神町の仮設住宅内で6月から細々と営業を再開しものの、「会社をやめてしまおうか」と考えた時期もあったという。会社も被災したが、何よりもお客さんである研究所が被災し、再建のめどが立っていなかったからだ。そんな矢先に大槌町の東大海洋研究所所長の先生から、「どうしている、元気か?われわれの研究所は被災して1、2階は使えないが、3、4階を使って研究を再開する」という電話に勇気づけられ、「もう一度、頑張って見ようか」と事業再開を決断した。

 

やれるところまで頑張ってみる

 阿部代表は、「まったくゼロからのスタートになる」が、同社には国内の試験機器メーカーの中でも高い評価があるJFEアドバンテックの「岩手県内1社だけの独占代理店」という看板と強味がある。「資金的にも日本公庫の震災特別融資を受け、めどがついた」という。幸い、東大研究所をはじめとして試験研究機関も限られた予算ではあるが、研究再開のために試験機器が必要になっている。売り上げは、震災前に比べて注文が大幅に増えている。だから今は、「やれるところまで頑張って見よう」と考えている。
 釜石市内の天神町仮設商店街で美容院を開店した奥さんと一緒に、「釜石港に近い浜町に事務所を構えたい」というのが当面の目標。別々の仮設施設から夫婦が二人三脚で本格復興に向けた挑戦が始まった。


 

野田武則・釜石市長

「撓まず屈せず」復興のまちづくりを

野田武則・釜石市長釜石市長
野田武則氏

 東日本大震災から1年。市内に3200戸の仮設住宅を整備、見なし仮設600戸を合わせ被災者4000世帯の生活基盤ができました。産業面では、中小機構の支援をいただき、市内4カ所に仮設店舗、事務所などを整備、被災事業主220が事業を展開しています。ただ釜石では、湾口防波堤で津波高や遡上高が減少された結果、津波を受けた地域でもビルが残り、その解体に時間がかかり本格復興が遅れているという事情もあります。復興基本計画の「スクラム釜石復興プラン」に基づき21地区で住民の方々と話し合いを進め、概ね了解を得ました。今後は、建築制限地域での都市計画を進め新たな段階に入ります。
 復興プランでは「撓まず屈せず 鎮魂そして復興へ」をメッセージとして掲げました。釜石は、近代製鉄産業発祥の地で、そのために昭和20年には二度にわたる艦砲射撃を受けてまちは廃墟と化しました。また、津波では、明治29年と昭和8年の大津波で壊滅的な打撃を受けた歴史があります。先人たちは、こうした困難にも負けずにまちを再建してきました。その根底にあるのが、「不撓不屈」の精神です。今回も東日本大震災で大津波が襲い、まちは壊滅的打撃を受けましたが、「撓まず屈せず」試練を乗り越えて釜石を再建・復興させて行こうと市民に訴えてきました。
 産業の振興は、復興の目玉です。他地区との差別化で地域間競争を勝ち抜くために「撓まず屈せず」の精神と「ものづくり」の継承が重要です。採択された「環境未来都市構想」と「スマートシティコミュニティ」の実現と合わせてまちづくりを進め、産業振興にも結びつけて行きたい。

 

【入居仮設施設】

平成24年5月15日発行 第1072号