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三陸興産(釜石市新浜町仮設事務所・店舗)

仮設からの報告【第7回】─岩手県釜石市1─
共存共栄で完全復活めざす

三陸興産(釜石市新浜町仮設事務所・店舗)

30年前に船舶用燃料会社として設立

 釜石港内の釜石魚市場に隣接した新浜町の「釜石市新浜町仮設施設」には、漁業協同組合事務所を筆頭に、水産関係事業者、魚市場内魚河岸食堂などが入居している。このうちA棟1階にあるのが「三陸興産」。30年前に船舶用燃料会社として設立、新浜町に本社事務所を構え、燃料給油船タンカー1隻と陸送用タンクローリー車5台を持ち釜石市を本拠地とした燃料会社として営業展開してきた。近年は、船舶用燃料が減少したため陸上に販売網を伸ばし、工場・事務所向け燃料供給で年商3億円、従業員6人の規模に拡大した。

巡視船へ給油中に地震が

三陸興産 黒澤耕悦社長釜石湾で漂流する燃料給油船の写真を手に奇跡の生還体験を語る
黒澤耕悦・三陸興産社長
 3月11日の地震発生時、黒澤耕悦社長(57歳)は、同社の燃料給油船「第2協同丸」(67トン)で作業員3人とともに海上保安庁の巡視船「きたかみ」に給油作業中だった。第2協同丸は、「釜石港で唯一の燃料給油船」が自慢だったが、「建造44年、人間だったら100歳近い老朽船」。海上保安庁の情報で直ちに給油を停止、沖合に避難するよう指示を受けた。
 釜石湾を出て沖に避難しようと向かったが、湾口防波堤で高波を受けた船があおられるのを見て、「うちの船ではとでも駄目だ」と思い湾内に残る決断をした。湾内に留まったものの二波、三波と続く大津波と湾内でのはね返り波や引き波の中「まるで劇場で3D映画を見るような光景」を目撃、漂流しながらも、転覆を免れ、奇跡的に救出された。
 

震災後2カ月で営業再開

 「九死に一生」を得た黒澤社長の事業再開への取り組みは早かった。本社事務所とタンクローリー2台が流されたが、釜石オイルターミナルの一角にプレハブを、事務所は運送会社に置かせてもらい震災後2カ月で営業再開した。その直後に中小機構の仮設事務所が整備されると聞き、早速申し込んだ。仮設が完成したのが12月で、「仮設施設が完成するまで待ち遠しかった」と振り返る。
 震災直後から残った3台のタンクローリーで仮設住宅や公共施設への燃料給油を行い、釜石復興に一役買った。この結果、扱い高は震災前の50―60%増となる見込みにある。もっとも「ボランティア支援としての燃料提供もあり売り上げ、利益の伸びは低い」という。「この商売は、お客さんとの信用が第一だから」と地元に密着した経営を強調する。このため「販売エリアの拡大と共存共栄」を基本に、「やはり元の新浜町に再び本社を構えたい」と仮設での事業再開をテコにして、グループ会社を含めた「三陸興産」の完全復活をめざしている。

【入居仮設施設】

平成24年5月15日発行 第1072号