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足利本店(港町6番仮設工場・事務所)

仮設からの報告【第6回】─宮城県気仙沼市1─
「海の復興」と「陸の復興」は一体で

足利本店(港町6番仮設工場・事務所)

海がある限り気仙沼は不滅

 宮城県最北端に位置する気仙沼市は水産業が基幹産業の三陸沿岸の中核都市。東日本大震災では20メートルの大津波と火災で、死者・行方不明者1409人、建物の全壊1万6438棟と壊滅的打撃を受けた。震災から1年、"海と生きる"を副題にした復興計画では「早期の産業復活と雇用の確保」「持続可能な産業の再構築」などを柱に、「何よりも産業の復活・再生が最優先」と菅原茂市長は強調する。その市長の名刺には、"海がある限り気仙沼は不滅"とあり、海と一体の再生をめざす。

震災前は年商25億の実績を持つ仲買大手

足利本店 足利宗洋社長足利本店
足利宗洋社長
 気仙沼魚市場に隣接する港町に完成した「港町6番仮設工場・事務所」に、鮮魚卸(仲買)の「足利本店」事務所・加工工場(処理場)が入居、事業を再開した。同社は昭和28年、株式会社として創業。気仙沼魚市場で仕入れた鮮魚を一次加工、東京・築地をはじめ関東地区の市場に直接出荷し、年商25億円、従業員40人の仲買大手の実績を持つ。
 しかし大震災で、製氷工場以外は、本社事務所、冷凍庫、保管庫などが全て流失。残った全壊の製氷工場を修理し、魚市場内建屋を借りて昨年10月に営業開始した。今年1月、仮設施設の完成とともに入居、設備導入を経て3月5日に仮設施設での事業再開にこぎ着けた。
 

自社保有地を仮設用地に提供

 仮設工場がある港町地区は市の土地利用計画で商業地区となるが、敢えてこの地を選んだのは、「スピード感を第一に、市場からの利便性を考えた」決断だったと3代目の足利宗洋社長(40)は語る。「本格工場の建設には時間がかかるため、自社保有地を仮設用地に提供、市の道路計画に合わせ、独自に1.2メートルかさ上げして」仮設工場の建設を急いだ。「気仙沼港での水揚げが始まったのに、受け入れが遅れているため一刻も早く再開を」との思いだった。
 仮設加工場での鮮魚処理は、メカジキ、毛鹿サメをブロック状に切断、加工して200ケース(1ケース約5キログラム)を関東市場に出荷している。気仙沼の水揚げ量は、現在、震災前の約30%にとどまっている。このため同社の売り上げも「30%どまり」。「海の復興と陸の復興は一体」で、「海が復興しても、陸が復興しなければ港は機能しない」からだ。

本格復興に向けた第一歩

 足利社長は、「仮設の工場は希望も入れてもらい、しっかりしたものを建てていただいたので、大事に使っていきたい」という。今後、加工工場の拡大に合わせ、冷凍室、保管庫の一貫したラインを構築することで「5年後には震災前の70%、年商20億円」を目標に掲げている。このため、中小企業庁のグループ復旧補助事業(気仙沼水産グループとして事業採択)申請をする予定。「震災前に新加工工場を稼働させたばかりで、自社単独での再建は難しかった。仮設施設とグループ補助の二つの事業を活用することで再建が可能となった」とする。
 「仕事始まったばかり。従業員も復帰したのはまだ4分の1。少しずつだが、しっかりとした復興をめざしたい」と、本格復興に向けて着実にその一歩を踏み出した。

 

【入居仮設施設】

平成24年5月1日発行 第1071号