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遠藤建具店(いわき四倉中核工業団地 仮設事業所)

仮設からの報告【第5回】─福島県いわき市2─
震災前の売上10%増を確保

遠藤建具店(いわき四倉中核工業団地 仮設事業所)

「遠藤建具店」家具部門が入居、事業再開

遠藤建具店 遠藤さとし代表遠藤建具店
遠藤さとし代表
 もう1社は、久之浜町北畑田で被災した「遠藤建具店」。親子3人と従業員の4人で木製建具、家具設計製造を手がける町の建具店。家具部門代表の遠藤さとしさんは、木地の家具製造が得意で修理・修繕、社寺・仏閣の仕事まで手掛ける、技能士の“指物師“で、家具部門を一人で担ってきた。子供の頃から「彫刻が好きで、自ら選んだ道」。今では、「遠藤君しかできない仕事」と腕を見込まれ、仕事もくるようになった。
 3月11日東日本大震災で自宅と工場は被災し、全壊は免れたものの、工場は使えず、震災後1か月は避難生活を送った。4月に入ってから「事業再開」を考え始めたころ、商工会から仮設工場の話を聞いて申し込んだ。
 

「震災後1年のこれからが本番」と遠藤さとし氏

 商工会青年部の仲間が、仮設店舗に入居していち早く事業再開したことを見て、「仮設工場で事業再開を決意した」。木工家具製造には、欠かせない自動カンナ1台を、四倉中核工業団地に完成した仮設工場に持ち込んだ。
いわき市内はもちろん福島県内、東北、関東方面にまで足を延ばして仕事をしてきた。「体一つで仕事ができるのが“指物師“。木工品の一次加工は他工場に依頼するので、売り上げは何とか確保できても利益率は低下した」という。それでも「震災前の10%増を確保した」。しかし、遠藤さんは、「関東地区での仕事は、被災者支援で受注できた。自分の腕を評価してもらったわけではない」と考えるようになった。だから、震災後1年後の「これからが本番」だと思っている。そして、父である社長、兄、従業員の震災前の遠藤建具店として揃って仮設工場に移った後、最終的には「久之浜に戻って事業再開したい」という目標は変わらない。


 

渡辺敬夫・いわき市長

日本の復興を「いわき」から

渡辺敬夫・いわき市長いわき市長
渡辺敬夫 氏

 3月11日東日本大震災から1年、いわき市は、地震・津波・原発・風評被害・余震の5重苦で、「震災は、未だ収束していない」のが現状です。とくに、いわき市を震源とする震度6以上の余震が続き、余震により建物の全半壊8000棟と津波と同規模の被害が出ています。
 「いわき市復興ビジョン」では、二つの視点で取り組みます。第一は、「市民の安全・安心を最大限確保」で減災を基本に、多重防御を構築、今後の震災では「一人の市民の命を失うことのないような地域づくり」。
 第二は、「震災前に増して活力に満ち溢れた、世界に誇る復興再生モデルとなる持続可能なまちいわき」で小名浜地区に新たなショッピングゾーンを整備するほか、常磐沖に国内初の浮体式洋上風力発電システムの実証研究事業が国の第3次補正予算で採択され、実現に向けて大きく前進することになりました。仮設施設は、久之浜地区仮設店舗「浜風商店街」と四倉中核工業団地に、牘事業所が入居する被災地最大規模の仮設工場が誕生しました。いわき市と双葉郡4町(楢葉、富岡、大熊、浪江)が連名で申請、いち早く対応していただいたことに大変感謝しています。被災した企業、原発で事業ができなくなった企業が事業再開しました。原発避難の双葉地区については、引き続き支援していきたい。
 いわき市は、多重災害の中から、「日本の復興をいわきから」という強い想いのもと、再生に向けて本格的な復興に取り組んで参ります。