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相馬大野台郵便局、スーパー大橋屋(大野台地区仮設店舗)

仮設からの報告【第4回】─福島県相馬市1─
被災郵便局が名称変更して開局

相馬大野台郵便局、スーパー大橋屋(大野台地区仮設店舗)

原発避難を含む1000戸の仮設のまち

 相馬市は、福島県浜通り北部に位置する“海と民謡・野馬追いの里“で、相馬中村開府400年の歴史の街。3月11日東日本大震災の巨大津波で、沿岸部を中心に死者・行方不明者458人、家屋全懐1000棟以上の甚大な被害を出した。同市には中小機構が整備した「相馬中核工業団地(東・西地区)」があり、東地区は被災したが、立地企業筆頭の相馬共同火力は、昨年12月に復旧した。西地区には仮設住宅1000戸が整備、原発避難を含む被災者が住む。

原釜郵便局が名称変更・移転し開局

相馬大野台郵便局 松本局長(左)と職員相馬大野台郵便局
松本局長(右)と職員
 「大野台地区仮設店舗(福島県相馬市大野台1-1-13)」は、西地区工業団地に建設された10区画の施設で、その入口に、「相馬大野台郵便局」が開局した。相馬港に面した沿岸部で被災した「相馬原釜郵便局」が名称変更して、昨年12月19日開業したもので、休止中、本局などで勤務していた松本庸一局長と職員が営業再開とともに復帰した。大野台仮設住宅は、市街地から離れていることもあり、「1000戸の仮設の街となり郵便局が地域金融機関の役割」を果たしている。被災した郵便局が仮設店舗に入居したのは異例のケース。松本局長は、「仮設住宅に住む地域住民の方々の絆の中心施設として活用して頂ければ有難い」と語る。
 

地域の郵便局として復興の拠点に

 開局して一カ月、「一日の利用者は20人から50人程度」とまだ少ない。被災した原釜郵便局は、相馬共同火力、相馬港港湾事務所などの事業所を抱え、「事業所の振込みなどの利用者が多く、地中海風の洒落た局舎が自慢の郵便局」だった。これに対し、新郵便局は個人利用が中心だが、「振込みなどがピークになる年末に間に合った」ことと、仮設住宅に住むお年寄りから、「年金受給を郵便局に変更した」という声が寄せられ、仮設店舗に開局できたことの意義を確かめている。再び「相馬原釜郵便局」として復活するかどうかは別にして、「地域の郵便局として復興の拠点に」と期待する。  

パートを含めて30人の社員を全員雇用

「大橋屋大野台店」大橋仁社長 「大橋屋大野台店」
大橋仁社長
 小型スーパー「大橋屋大野台店」は11月1日オープンした。大橋屋は、尾浜地区で先代が食料品店で創業、2代目の大橋仁社長は、サラリーマン生活を経て31歳で店を継いだ。尾浜地区は、震災の被害が最も激しかった地域で、本店と倉庫、商品は津波で跡かたもなく流失した。幸い支店と自宅は被災を免れたが支店は地震で破損、震災10日後に営業再開、「高校での弁当出張販売などで商売を継続してきた」という。「パートを含め30人の社員全員雇用」するためで、「震災後6カ月間は本当に苦しかった」と述懐する。
 

地元の魚が売れるまで頑張る

 大野台仮設店舗への入居は、同じ浜の被災者が「仮設住宅は買い物に不便で、何とか力になりたい」と申し込んだ。浜で産まれ育った大橋社長の奥さんが、「採算を度外視してもやりたい」と熱意を示した。本店があった地区は建築制限で住宅は建てられず、店も戻れないことから、「集団移転する所でまたやりたい」と希望している。「スーパーだが店の看板は相馬の魚だった。再び漁ができ、店で売れるようになるまで何とか頑張りたい」と、地元の被災者と思いを共有した大橋屋の挑戦が続く。 

 

 

【入居仮設施設】

平成24年3月1日発行 第1067号