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田中菓子舗(たろちゃんハウス)

仮設からの報告【第10回】─岩手県宮古市1─
来年早々にも操業を再開へ

田中菓子舗(たろちゃんハウス)

「たろちゃん協同組合」でスタート

たろちゃんハウス外観

 宮古市の北、三陸海岸に面する田老地区。その中心部からつかの峠を越え、車で10分ほどの高台に中小機構が整備した「たろちゃんハウス」と呼ぶ仮設店舗兼事務所施設がある。年金保養施設「グリーンピア三陸みやこ」の駐車場を使用して建設されたこの仮設施設には、1棟に8店舗・事務所が入居できる建物3棟が並び、現在、小売業、サービス業など22店舗が入居し営業している。
 東日本大震災では、田老地区の建物の7割にあたる1668棟が津波で流出・倒壊し、死者・行方不明者226人という大きな被害を受けた。グリーンピア三陸みやこの敷地内には、田老地区の被災者が入居する407戸の仮設住宅が建てられ、およそ1000人の住民が暮らしている。たろちゃんハウスの入居者も田老地区で津波被害に見舞われた小売業、サービス業を営んでいた事業者で、昨年7月に法人化組織「たろちゃん協同組合」を被災県として初めて設立、同年9月の仮設施設の完成と合わせてオープンした。

 

 同協同組合の箱石英夫理事長は、「田老地区の商店組織であるスタンプ会のメンバー39店のうち、37店が津波で流出した。復興に向けて最初はテント2張りでの営業を始めたが、協同組合を設立することで鉄骨造りの丈夫な仮設施設で営業が再開できた」と話す。自らも酒類、食料品などを販売する「Yショップ はこいし」を出店、「開店から7カ月、売り上げも震災前の6割ほどに回復してきた。
 ただ、「お客さんの多くは仮設住宅を中心とする田老地区の住民で、いま以上住民が増えることは考えにくく、今後は外売りや配達サービス事業も考えなくては。この1年は5年も経ってしまったほど、いろいろありました。でも前向きに考えていこうと思います」と胸の内を明かす。

 

老舗としての自負と地元への強い思い

田中菓子舗 田中和七代表田中菓子舗 田中和七代表
 創業89年の老舗、田中菓子舗も津波で工場、店舗がすべて流出した。かりんとう、せんべい、飴類など手作りの味を受け継いできた3代目の田中和七代表(58歳)は、被災で途方に暮れたものの、無事だった家族、7人の従業員とともに「もう一度、田老で工場と店舗を構えよう」と決めた。一度は他地区で事業をやり直そうとも頭をかすめたが、「田老を離れることは仲間を裏切ることになる。田老で店を再開することで、あのお菓子をもう一度食べてみたいという人が、ひとりでも田老に戻ってくれることを願いたい」と、老舗としての自負、地元へのこだわりに強い思いを抱く。

高台に工場用地を取得、来年早々にも操業

 すでに、流出した店舗に近い高台に、約2300平方メートルの工場用地を取得した。「待機してもらっている従業員を呼び戻し、早ければ来年早々にも操業を再開する見通し」という。当初は工場兼店舗を建設する予定でいたが、土地規制などの関係で当面は工場のみのスタートとなる。
 小売りは仮設店舗と田老地区の「道の駅たろう」の2店舗体制だが、田老地区のまちづくりがどのようにデザインされるかによって、今後の出店構想も変わらざるを得ない。「とにかく仕事を震災前の状態に戻したい。そして人々が田老地区にもう一度住みたいと思うまちを作るのが夢」と希望を託す。

【入居仮設施設】

平成24年7月15日発行 第1076号