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店舗の全面改装で再出発(橋元商店・宮城県山元町)

復興へのシナリオ 被災中小事業者の挑戦と震災復興支援アドバイザー
橋元商店
【事業内容】 食料品、日用品販売
 

グループ補助金で本格復興

 「グループ補助金をいただいて店内を全面改装します。これで気持ちが吹っ切れました。もう迷っている暇はありません。前に進むしかないのです」
 力強くこう話すのは、食料品や日用品店販売を営む橋元商店代表取締役の橋元伸一さん(52歳)だ。東日本大震災から2年余り、橋元さんの店が“本格復興”を迎えるまでには、2つの大きな転機があった。
 震災は、福島県境の太平洋沿いに位置する山元町にも多大な被害をもたらした。海沿いを走るJR常磐線も津波にのまれ、山元町内の山下駅、坂元駅は現在では駅舎さえ撤去され、不通区間だ。橋元商店は祖父の代から山下駅前に店舗を構えていたが、1階天井部分まで浸水。一緒に店を切り盛りしてきた父親を亡くし、商品なども一挙に失った。

最初の転機「簡易郵便局の継続」

橋元商店
簡易郵便局を併設する橋元商店
 店舗再開のめども立たない中で、橋元さんは町の臨時職員として復旧作業を始めた。やがて橋元さんの店舗を含め近隣でも職員やボランティアらの手によって泥やがれき撤去が始まった。その人たちから「飲み物の自販機を置いてほしい」と頼まれ、業者に頼んで飲料やたばこの自販機を設置。炎暑となったその夏には、冷蔵庫を1台借りてアイスクリームを売るなど、細々ながら“営業”を始めた。がれきが撤去され、空いた店舗スペースには、復旧作業をする人たちの食事用などとしてテーブルを置いて休憩所を設けたところ、「こういう場所ができてうれしい」と言われた。これを聞き、店舗復活への意欲が沸々とわいてきたが、町の復興計画区域に山下駅周辺が入るかどうかも分からず、まだ迷いはあった。
 橋元さんの気持ちを察したかのように、最初の転機は一昨年9月に訪れた。橋元商店は店舗とともに、主に夫人の裕子さん(53歳)が対応する簡易郵便局も併設していたが、郵便局会社の担当者が訪れ、「この局を続けてほしい」と言われた。これで「助けられた」と思い、郵便局だけでなく店舗の再開も決意。その年の年末には店舗のガラスや自動ドアなど「雨風をしのげる状態」に修復、食料品や日用品の販売も再開した。

もう一つの転機は知人に勧められた補助金

 それでも、橋元さんにはまだ迷いが残っていた。周辺住民がなかなか戻ってこないうえ、山元町は災害対策として、目の前の山下駅を約1キロ離れた内陸側に移転する方針を決めたのだ。そんなこともあって、お客さんと話していても「将来のことが気にかかり、上の空になる」ことも多かった。橋元さんは銀行からお金を借りて町内の仮設店舗に出店しており、被災した店の修復にこれ以上の資金負担は難しい。
 そんな状況下で昨年、もう1回の転機が訪れる。地元で水道業を営む知人が、国と県が再建費用の4分の3を補助する「中小企業等グループ施設等復旧整備補助事業」を申請し、橋元さんにもそれを勧めた。たまたま中小機構の担当者が山元町の商工会にグループ補助金の説明に訪れたときに「親身になって相談に乗ってもらいました」。

駅代わりのバス停留所「橋元商店前」

橋元伸一社長と夫人の裕子さん
「ゴールデンウィーク中にも3軒の住民が戻ってきました。そのたびにホッとします」と喜ぶ橋元伸一社長と夫人の裕子さん
 春ごろから中小機構の震災復興支援アドバイザーらと延べ10回程度打ち合わせ、「申請者はできるだけ多い方がいい」などのアドバイスを受けた。橋元さんは震災前から町内で異業種の会をつくり、共通割引券を発行するなどの活動を行っていた。この会に相談したところ、会のみならず、町内の商業者で申請することが決まった。なかには、補助金をもらわなくても名を連ねる人も多かった。「絆の強さ、大切さを知った」。
 結果、16軒の連名で補助金を申請、今年3月にそのうちの7軒に支給が決まり、橋元さんは店舗の全面改装を決断した。改装オープンは5月末だ。
 震災から2年以上たち、山下駅周辺にもポツポツと住民が戻ってくるようになった。橋元商店のすぐそばには駅の代わりに、町営の無料町民バスの「橋元商店前」という停留所ができた。「学校の部活が復活したのか、中学生が夜7時ごろ、自転車で帰ってきます。街灯もなくなったので、あたりは真っ暗。そんな子供たちのためにも、その時間までは灯台のような存在となる店を閉められない」
 駅移転計画もあり、将来は明るい面ばかりではない。それでも橋元さんは「こんな状態だから、駅があってもなくても同じ。新しい駅ができても、『山下駅前の橋元商店』で通します」。

 

専門家と評論家の間の立場で

震災復興支援アドバイザー 松浦忠雄

震災復興支援アドバイザー 松浦 忠雄 氏

 スーパーのイトーヨーカ堂に21年間勤務し、その後、ショッピングセンター開発のイオンモールに移りましたが、一貫して流通業に携わってきました。その経験を生かし、7年前に経営コンサルタントとして独立し、いわゆる「まちづくり3法」に基づく経営相談を行っています。一言で流通業といっても、扱う商品や立地場所などによって課題はそれぞれ違いますので、専門家の協力も得ながら、専門家と評論家の間の立場に立ってアドバイスしています。
 橋元商店さんの場合は、グループ補助金を活用して店舗を全面改装するとのことでした。橋元さんの「コンビニ風のミニスーパー的な店舗にしたい」という希望を聞き、レイアウト変更などをアドバイスしました。具体的には、顧客の動線を考えた売り場変更やバックヤードを活用して店舗スペースを確保したり、コンビニ的機能として地元の人が参加できる直売所なども提案。産地直送的な商品や総菜などの商品を加えるなどもアドバイスしたところ、ほぼ私の提案に沿った改装に変更していただきました。
 一方で、橋元さんの地元の方々の役に立ちたいという熱意を実現するには安定した経営が必要なため、宅配に力を入れたり、朝採り野菜などの産直品販売も取り入れて収入増を図るなど、「コミュニティーショップ」としての位置づけを強調しました。今後もまちづくりのニーズはどんどん出てくると思いますので、それら地域の多様な課題に対して適切にアドバイスしていきたいと思っています。

中小企業施策普及紙「中小企業振興」/平成25年6月1日発行 第1097号

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