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大勝水産(南三陸町)

大勝水産・三浦元彌様大勝水産・三浦元彌様

─被災前の営業はどちらで行われていましたか。

 現在の仮設施設がある南三陸町歌津字馬場で、ホタテやホヤ、生かきなどの海産物加工販売業を営んでいました。敷地内には平成元年に建てた工場と、平成22年に建てた事務所兼従業員用の寮があり、隣接地には自宅もありました。

 

─お取り扱いされていました商品・サービスやお仕事の内容をお聞かせください。

 ホタテやホヤ、生かきなどの加工販売の他に、船を3艘所有してホタテの養殖も行っていました。家族3人以外に5人の従業員を雇用していました。

 

─被災の状況をお聞かせください。

 私は消防団の分団長をしていたので、地震直後から地域の水門を閉め、住民の避難誘導を行ったあとに工場の敷地内で海を見ながら津波の警戒をしていました。自宅は海抜約10メートル、工場も震災前に測量した時は13メートルありましたし、昭和35年のチリ地震津波の時も波はこの土地まではきませんでしたから、大丈夫だろうと思っていたんです。ところが第1波が来た時に尋常ではないと判断し、全員で隣の20メートル以上ある山に避難しました。今回の津波で残ったのは本当に人だけで、自宅も工場も全て流されてしまいました。
 

 

─仮設施設の入居申し込みをされた時のお考え、希望などお聞かせください。

大勝水産工場内
 正直なところ、震災後の4月頃は海に出る気もなかったですし、仕事を再開しようという気にもなりませんでした。それでも震災後の事業をどうするかなどを、同業者との会議で話し合いを重ねるうちに、養殖はやめて販売は再開することに決めたのです。その後、商工会から仮設施設の話しを聞き、施設を建てる土地があり、共同利用であれば建設してもらえるということだったので、被災したウニの加工を行っている知人と一緒に使用しようと申し込みました。
 当時は三陸のホタテやウニは復興できるのか不安でしたが、宮城県の場合ホタテは、北海道から稚貝を持ってきて養殖を再開したのが岩手県より2ヶ月ほど早かったこともあり、今年は水揚げ高が5千トン程度になると思っています。宮城県の例年の水揚げ高は約1万2千トンなのですが、来年にはそのくらいまで戻るのではないかと思っています。
 

 

─仮設施設に入居されて、希望、きっかけとなったお考えを実現出来ていますかお聞かせください。

 食品を扱うのでHACCPの基準を満たすために、内壁を設ける改装を行い、4月25日から仮設施設で本格的に事業を再開しました。レイアウトは震災前の工場とほぼ同じなので使い勝手が良いですね。
 もともとお盆や連休、正月など繁忙期が決まっていることもあり、本格再開した当初はさほど忙しくはありませんでしたが、やはり8月に入ってからは忙しくなりましたね。今年はたまたま市場が求めているサイズのホタテが、この地区で育っていたこともありますし、今年の3月からいち早く品質検査に取り組んできたことから、南三陸のホタテは安全・安心というイメージが消費者に伝わったということもあって、業績は好調です。

 

─今後の展望、将来に対するお考え等をお聞かせください。

大勝水産外観
 震災によって三陸産のホタテが日本各地の市場から無くなった期間があります。しかし三陸産のホタテが出回らなくなっただけで、市場には北海道などの他の地域のホタテが需要を満たしていたわけです。今回三陸産のホタテが復活したからといって、すぐにそのシェアを取り戻すことは難しいかもしれません。それでも来年には宮城県産のホタテは震災前の収穫量に戻ると思われますし、現在の状況を見る限り先行きは決して暗いものだとは思えません。
 今年は忙しいなかで、なんとか家族3人で仕事をこなしてきましたが、来年には何名かでも従業員を雇用して、震災前の状態にまで戻したいと思っています。
 

 

【入居仮設施設】

平成24年8月28日取材

企業データ

住所:宮城県本吉郡南三陸町歌津字馬場160番3
名称:(有)マルミ 大勝水産

 

丸七佐藤水産