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図南商事(名取市)

図南商事・鈴木知浩様図南商事・鈴木知浩様

─被災前の営業はどちらで行われていましたか。

 昭和42年に創業し、名取市下増田北原東に本社をおいて営業しておりました。

 

─お取り扱いされていました商品・サービスやお仕事の内容をお聞かせください。

 当社には飲料部門と冷凍部門があり、飲料部門は自動販売機の管理を行っており、国内飲料メーカー上位5社のうち4社までを取り扱う東北では数少ない会社です。冷凍部門はアイスクリームや冷凍食品の卸しを行っています。

 

─被災の状況をお聞かせください。

 本社は仙台空港の北側、海から約600mの場所にあったので、津波で全て流出してしまいました。かろうじて本社の2階部分が津波の被害を免れた程度です。震災当時私はちょうど仕事の都合で内陸側にいたので一命をとりとめましたが、本社にいた社員も地震後すぐに避難をしたものの、避難途中に4名が亡くなってしまいました。
 当時は全てのライフラインも止まっていましたし、状況把握まで時間がかかりましたし、本社のあったあたりは灌水していて近づくこともできませんでした。ようやく現地に入ることができ、使えるものを運び出したのですが、幸いなことに会社のパソコンに顧客のデータが残っていましたので、電気が繋がれば仕事を再開できると思ったんです。そこで3月20日にプレハブを6棟リースし、本社から使えるものを運び出して仮事務所を設け、3月26日に従業員を集め事業を再開したのです。
 

 

図南商事内

─仮設施設の入居申し込みをされた時のお考え、希望などお聞かせください。

 残念なことですが、震災後に当社が津波の被害で壊滅的なダメージを受け事業が継続できなくなったという噂が広がったこともあり、会社が存続し事業を再開していることなどをアピールするために、名取市役所に足しげく通っていたんです。その時に名取市の方から仮設施設のお話しを聞き申し込みしました。
 震災後に仮事務所としてプレハブを設置した場所は、通学路に面していたので、近隣の方に迷惑をかける可能性もあると懸念していたので、いずれは移転しなければと思っていました。それだけに仮設施設への入居はとても助かりました。

 

─仮設施設に入居されて、希望、きっかけとなったお考えを実現出来ていますかお聞かせください。

 名取市復興工業団地は国道4号と仙台東部道路の間にありアクセスも便利ですし、施設の広さも十分です。現在は敷地内を区切って事務所と倉庫、冷凍庫を入れて事業を行っています。3年という期間ではありますが、当社が復興するための力になることは間違いありません。
 また、入居されている他の企業の方たちは、私にとっては頼もしい先輩方ばかりですので、そういう方々との交流も入居して良かったと思える一つの要因です。

 

 

─今後の展望、将来に対するお考え等をお聞かせください。

図南商事外観
 震災を経験したことで、私はこの会社が「自分の会社」ではなく「みんなの会社」なのだと思うようになりました。創業当時からの生え抜きをはじめとする従業員のおかげで今の自分があると思っていますので、経営的には決して楽ではありませんが、従業員に対する責任を全うすることで恩返しができたらと思っています。従業員も震災という非日常的な経験を共にしただけに、一丸となって業務に取り組んでいる感じがします。
 当社では被災した企業として自分たちにできることはないかと、当社の自動販売機で購入いただいた飲料品1本につき1円を義援金に充てる活動を行ってきました。この活動は被災した子どもが成人になるまでという思いから、今後10年は続けていくつもりです。
 津波は自然災害ですが、私は「やられっぱなしは嫌だ」と思っていますし決して負けたくはない。ですから今後は自分にできること、当社の強みを考えながら会社はもちろん地元名取の復興にも貢献していきたいと思っています。現在はまだ構想段階ですが、当社は温度管理の物流ができる流通業ですから、東北の被災エリアで壊滅的なダメージを受けている一次産業の方と協力し、流通の立場からの独自産業を立ち上げ、地域ブランドの復興などに貢献したいですね。
 

 

【入居仮設施設】

平成24年6月25日取材

企業データ

住所:宮城県名取市下余田字中荷
名称:図南商事(株)

 

オイカワ美装工業