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熊谷板金店(女川町)

熊谷板金店・熊谷康彦様熊谷板金店・熊谷康彦様

─被災前の営業はどちらで行われていましたか。

 女川町鷲神浜で40年ほど前から板金業を営んできました。父が社長で、私も11年前から手伝ってきました。

 

─お取り扱いされていました商品・サービスやお仕事の内容をお聞かせください。

 金属系の屋根や雨どいといった住宅関連の板金を主に行っていました。

 

─被災の状況をお聞かせください。

 消防団員だった父は、今回の震災で行方不明となり、自宅兼工場は全壊扱いになりました。私自身も石巻にあった自宅の1階部分に津波が来て、全壊扱いになりました。現在妻と子どもは、仙台にある妻の実家に住んでいて、私は仕事があるので女川の実家に単身赴任している状況です。
 

 

─仮設施設の入居申し込みをされた時のお考え、希望などお聞かせください。

熊谷板金作業所内
 父が行方不明になり、事業を継続するかどうか迷っていたのですが、震災から二日後には地震で瓦がずれたからブルーシートをかけてほしいという依頼を母が引き受けてしまいました。引き受けた以上やらざるを得ない状況で、そういうのを何軒か行っているうちに、社長がいない状況でもとりあえず事業を続けようかという気持ちになったとき、この仮設施設の話があったんです。
 自宅兼作業場も全壊扱いになっていましたので、作業場で使用していた荷物をこの仮設施設に運び込んで事業を始めたんです。
 

 

─仮設施設に入居されて、希望、きっかけとなったお考えを実現出来ていますかお聞かせください。

 仮設施設に入るまでは本当に迷っていました。でも、建設組合や消防団の人たちから「とにかく応援するから頑張ってやってみろ」と励まされて、なんとかやってみようという気になったんです。自分の中で事業を再開するのに躊躇していたのは、職人としての技術は持っているものの、経営者としての自信があまりなかったからです。
 それでも、依頼が来ている現在の仕事を投げ出して、女川を離れることはできないと思ったので、周りの人たちの協力をあおぎながら事業を続けています。

 

─今後の展望、将来に対するお考え等をお聞かせください。

熊谷板金店外観
 自分の仕事は今後必要とされる仕事だと思っていますので、とにかく前向きに事業に取り組んでいます。
 この仮設施設に入っている諸先輩方をはじめ、建設組合の方々についていけば大丈夫だと思いますし、いろいろな方々に甘えさせてもらいながら成長していければと思っています。
 

 

【入居仮設施設】

平成24年3月12日取材

企業データ

住所:宮城県牡鹿郡女川町浦宿浜字十二神59番
名称:熊谷板金店

 

鈴木建設