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たかぎ呉服店(亘理町)

─被災前の営業はどちらで行われていましたか。

たかぎ呉服店・高城勝晃様たかぎ呉服店・高城勝晃様

 祖母が行商をしていて、父の代になって荒浜の築港通りに店舗を構えました。創業は今年で55年になります。

 

─お取り扱いされていました商品・サービスやお仕事の内容をお聞かせください。

 呉服や婦人服をはじめとした総合衣料のほか、宝飾や寝具なども扱っていました。3階建ての建物で1階は店舗、2階は展示場として定期的に展示会を行っていました。出かけたついでに立ち寄ってもらい、お茶飲みをしてくださるような地域のみなさんが集まるサロン的な場所でもありました。

 

─被災の状況をお聞かせください。

 前日まで展示会だったので、その片付けのため家族全員店にいました。津波が来ると聞いて着のみ着のままで避難しました。初めは荒浜中学校に避難していたのですが、周りの水が引かない状態が続き2日後には亘理高校へ移動し、ひと月ほどそこで避難生活を送りました。
 店舗は鉄骨だったためかろうじて残ったのですが、1階は商品すべて流されました。2階の商品はほとんどが濡れてしまい一部だけ残りました。何より家族全員無事だったことが救いでした。
 

 

─仮設施設の入居申し込みをされた時のお考え、希望などお聞かせください。

たかぎ呉服店内
 一時、亘理に一軒家を借り一部を店舗にしてお客様に来てもらっていたのですが、半年後に岩沼のマンションに移ることになり、店舗販売は難しいので車でお客様のところを回って販売していました。しかし店舗がない状態でお客様に満足していただけるのは難しいと限界を感じ始めていたころ、こちらで営業できるという話をもらいました。
 震災前の店舗は危険地区となり、地域住民が住めない土地になる予定です。今まで祖母や父が築いてきた信用と地域のみなさんに支えられていた店でしたが、お客様がこれからどこに住むのかもわからない、先の見えない状況の中、新しく投資することは容易ではありません。ここでは2年間営業させてもらえるので、これから先どの場所でどんな商売をするか考える時間をもらうことができました。
 

 

─仮設施設に入居されて、希望、きっかけとなったお考えを実現出来ていますかお聞かせください。

 2月25、26日の開店オープンは、顔なじみのお客様が足を運んでくれたりして大盛況でした。1年ぶりの店舗営業でお客様の人情に触れることもでき感無量でした。しかしその後は悪天候のせいか思ったよりお客様の来店が少ない状況です。ここは人通りが少ない場所なのでなかなか難しいなと感じています。

 

─今後の展望、将来に対するお考え等をお聞かせください。

たかぎ呉服店外観
 これからはどうしたらお客様が来てくれるようになるか、32店舗力を合わせて取り組んでいくことが課題です。大型店舗に負けないような商店街ならではの魅力をもっと打ち出して、お互いの店舗の相乗効果を得られるように頑張っていきたいと思っています。
 まだまだ先が見えない状態ですが中小機構や亘理町の方々のおかげで一歩踏み出すことができたので、将来的に自立していけるよう今から力を蓄えていきたいですね。
 

 

【入居仮設施設】

平成24年3月16日取材

企業データ

住所:宮城県亘理郡亘理町東郷
名称:たかぎ呉服店

 

ささ圭