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阿部茶舗(南三陸町)

-被災前の営業はどちらで行われていましたか。

阿部茶舗・阿部忠彦様阿部茶舗・阿部忠彦様

 南三陸町志津川の市街地中心部にある五日町商店街で、明治41年から日本茶の製造販売をしていました。私で4代目になります。お店は自宅兼店舗で、お茶のブレンドや袋詰めを行う工場もありました。

 

-お取り扱いされていました商品・サービスやお仕事の内容をお聞かせください。

 静岡のお茶をメーンに、店でブレンドしたお茶を袋詰めして販売していました。古くから地元で営業してきたので、お中元やお歳暮、仏事の際などにご利用いただいておりました。基本的には家族で営業していたのですが、お盆やお正月などの繁忙期にはパートやアルバイトを雇ったりもしていました。
 

 

-被災の状況をお聞かせください。

 地震発生時は自宅兼店舗に両親と私たち夫婦がいて、子どもは学校に行っていました。私がちょうど午後の配達に出かけようとしたときに地震になり、揺れが大きかったので津波がくると思い、避難所に指定されている近くの保育所へ両親を連れて行ったんです。その後私と妻は、店にあった車を高台の小学校へ運び、私だけもう一度店に戻ってシャッターを閉めたりして、もう一台あった車で小学校に戻ったのですが、避難所の保育所に向かおうとしたら既に津波で戻れなくなっていました。津波は避難所だった保育所にも来て、避難していた人たちは山伝いにより高い小学校へ来たので、ようやく家族と合流できたんです。
 幸い家族に人的被害はありませんでしたが、店はすっかりなくなってしまい、現在は基礎だけが残っています。私たちは現在仮設住宅に住んでいる状態です。

 

-仮設施設の入居申し込みをされた時のお考え、希望などお聞かせください。

阿部茶舗店内
 南三陸町の商店街の1つが、震災前から早稲田商店街や、岡山、和歌山、神戸、酒田の商店街と災害ネットワークを組んでいまして、そうした各地の商店街の方からの支援を受けて、4月の後半から「復興市」というテント市を毎月一回行ってきたんです。私も2回目から参加させていただいたのですが、以前の常連さんたちから「いつお店を再開するの」といった声をかけられたりして、やはり商売を続けようという思いになり、中小機構が支援する仮設店舗の申し込みをさせてもらいました。
 それと、子どもたちをこの南三陸の町で育てたい、町が復興していく姿を見ていたいという思いもありましたから、仮設商店街への入店申し込みに迷いはありませんでした。
 

 

-仮設施設に入居されて、希望、きっかけとなったお考えを実現出来ていますかお聞かせください。

 お店を開店してから、常連さんが来てくれて「開店を待ってましたよ」と言ってくれたりすると、本当に再開できてよかったと思います。こうした方々に支えられて、南三陸町で4代にわたって商売をさせてもらってきたんだと、あらためてお客さんに感謝しています。
 これまでずっと「顔の見える商売」を基本にしてきましたから、これからもお客さんとのつながりは大切にしていきたいですね。

 

-今後の展望、将来に対するお考え等をお聞かせください。

阿部茶舗外観
 今は被災地観光などで多くのお客さんに来ていただいていますが、やはり将来に対して不安はあります。ただ、阪神淡路大震災で仮設商店街を中心となって立ち上げた方のお話などを聞いたりしましたので、今後の参考にしていきたいと思っています。
 いずれにしてもこの地で商売を続けたいという気持ちはありますから、現在の仮設店舗は、やはり将来の本設までの準備期間だと思っています。仮設店舗ができて開店したことで、ようやく基本ができましたから、これから次のステップに進めるように努力していきたいと思っています。
 

 

【入居仮設施設】

平成24年3月12日取材

企業データ

住所:宮城県本吉郡南三陸町志津川字御前下59番1
名称:阿部茶舗

 

りあん