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塩釜水産食品(塩竈市)

─被災前の営業はどちらで行われていましたか。

塩釜水産食品 高橋幸浩様塩釜水産食品 高橋幸浩様
 塩釜市新浜町の水産加工団地で水産加工品の製造および販売、冷凍魚の販売を行っていました。昭和24年設立の塩釜水産加工業協同組合の営業部門が、昭和58年に独立してできた会社なので、事務所、加工場ともに組合の建物を借りて営業していました。

 

─お取り扱いされていました商品・サービスやお仕事の内容をお聞かせください。

 サケ、マスの加工をメーンに、全国各地の市場の他に、生協の共同購入なども行っていました。

 

─被災の状況をお聞かせください。

 当社がある水産加工団地は塩釜港に面しているので、地震が起きてすぐに海からはなれなければと加工場の従業員はすぐに山側へ避難しました。事務所にいた職員は、隣接している独立行政法人水産総合研究センター東北区水産研究所塩釜庁舎に避難しました。
 加工場、事務所ともに幸い津波の被害はありませんでしたが、地盤が弱いために加工場は床や壁が落ちるなどの被害がありました。冷凍倉庫も荷崩れがひどい状態でした。その後がれきの後片付けなどを行い、電気の復旧を待って3月22日から加工場を稼働することができました。
 

 

─仮設施設の入居申し込みをされた時のお考え、希望などお聞かせください。

塩釜水産食品
 加工場は稼働させたものの、建物は完全に修復できたわけでもないですし、機械も半分くらいしか使えない状態でしたし、コンベア関係も動かなかったので、以前の加工場でできる場所や作業が限定されていたんです。ですから、従業員の安全、安心のためにも、仮設施設への入居を申し込むことにしたんです。

 

─仮設施設に入居されて、希望、きっかけとなったお考えを実現出来ていますかお聞かせください。

 以前の加工場にはサケ、マスを塩に漬ける塩蔵部門を残し、現在の仮設施設には切り身にする部門を入居させています。現在13名の従業員で切り身を行っていますが、ゆうパックの注文などもあり現在のところ順調に稼働しています。ただ、一部の取引先では宮城県産であることの分かるむすび丸のシールを貼らないでくれとの依頼がありました。

 

─今後の展望、将来に対するお考え等をお聞かせください。

塩釜水産食品外観
 今後は塩釜市の復興計画との関係もあるでしょうし、経済的にも先行きが不安定なので、以前の加工場に投資をして修理すべきなのか不安です。ただ、現在はスーパーや百貨店などの量販店で、魚の切り身を行わなくなってきています。それだけに切り身などの細かい仕事の需要が多くなってきていますので、今後は仮設施設で作業をしている切り身部門を拡充していきたいと考えています。全体の収益を考えながら人員や装置に投資して生産量を増やしていけたらと思いますね。
 

 

【入居仮設施設】

平成24年3月13日取材

企業データ

住所:宮城県塩竈市新浜町三丁目109番8
名称:(株)塩釜水産食品

 

ヒノ住器