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三浦鮮魚店(東松島市)

-被災前の営業はどちらで行われていましたか。

三浦鮮魚店・三浦正信様三浦鮮魚店・三浦正信様
 鮮魚の行商から始めて30年になりますが、最初は東松島市矢本字作田浦にある食品スーパー(サンショップ)にお店を出して、6年ほど前に石巻市魚町にある魚市場にも店舗を出しました。矢本店の方は小売販売をしていましたが、石巻店は仲卸をしていました。両方の店舗で、従業員3名、パート7名の10名で営業していました。

 

-お取り扱いの商品やお仕事の内容についてお聞かせください。

 取扱商品は魚介類です。ただ、ここの仮設店舗に入ってからは、お客さんからいろいろと要望があり、できるだけその要望に応えようと鮮魚類以外にも野菜や果物、お菓子類など、食品全般にわたって取り扱っています。また、これもお客さんからの要望もあったのですが、店舗内でお総菜をつくって販売したりしています。仮設住宅に入られている方は高齢の方が多く、調理も大変なようなので、あまり手のかからない刺身やお総菜が喜ばれているようです。
 

-被災の状況をお聞かせください。

  三浦鮮魚店

 仲卸をやっていた石巻店の方は、津波の被害が大きかった魚市場にありましたので全壊です。矢本店の方は津波の被害はなかったものの、地震で施設の天井の一部が落下するといった被害がありました。
 私は震災時、矢本店にいたのですが、地震の後、両親を迎えに行く途中、近くを流れる定川の水が一斉に引いていたので、津波がくると思い、急いで実家の両親を乗せ走り出しましたが、想像以上に津波は早く、車の半分が水に浸かりながらもなんとか避難することができました。
 矢本店の入っていたスーパーは震災後施設の復旧を行わず、新しい場所に店を建てて営業を再開するようですが、以前のようなテナントの店舗は入れないとのことなので、私たちは店を閉めざるを得なかったのです。石巻店の方は現在のところ再開の見込みは全くありません。

 

-仮設施設の入居申し込みをされた時のお考え、希望などお聞かせください。

 これまでの営業に伴う負債もありましたから、早く働き収入を得たいという思いが強く、早く店を開きたいという一心でした。また、パートも含めて従業員を自宅待機にしていたので、その人たちを早く仕事に復帰させたいという気持ちも強かったです。
 仮設店舗が決まるまでは、知人から車を譲り受け、矢本店があったところから10km圏内を行商していましたが、商工会から東松島市と中小機構が仮設店舗の支援をするとの話しを聞き、不安はありましたが出店の申し込みをしたのです。

 

-仮設施設に入居されて、希望を実現出来ていますか。

 現在、震災直後から始めた行商と、ここの店舗で営業していますが、入居前に想定していた売り上げよりも若干上回っています。お客さんもだいたい1日に150人から160人の来客があります。
 ただ、仮設住宅に入られている方は今回の震災で家や家財道具はもちろん職も失われた方ですので、義援金などが入ってきていたうちはいいですが、そろそろ買い控えもはじまっているようなので、今後どうなるのかはやはり不安です。
 

-今後の展望、将来に対するお考え等をお聞かせください。

三浦鮮魚店
 現在のところ将来に関しては不安しかありません。
 ただ、こうして仮設店舗に出店できましたので、期限である2年間を一生懸命働くしかないと思っています。
 個人的には石巻店も含めて、地域全体が震災前の状態に戻るには10年くらいかかるのではないかと思っているのですが、私たちもそれなりの年齢ですから、今から自力で新たに店舗を構えるというのは難しいでしょうね。ですから、行政などが主体となってショッピングモールのような建物を造っていただければ、そこに入って営業することは可能だと思います。

 

 

【入居仮設施設】

平成23年12月15日取材

企業データ

住所:宮城県東松島市大曲字堺堀13番5 復興仮設店舗 堺堀
名称:三浦鮮魚店(販売業:魚介類、野菜、惣菜)

 

えんまん亭