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えんまん亭(東松島市)

-被災前の営業はどちらで行われていましたか。

えんまん亭・遠藤惣之助様えんまん亭・遠藤惣之助様
 東松島市野蒜字洲崎という場所で、40年近く営業していました。自宅に併設されていた店舗は野蒜海岸の入り口にあり、地元の方はもちろんですが、奥松島を訪れる多くの観光客の方にもご利用いただいていました。
 自然に恵まれた奥松島で取れる新鮮な海の幸を使ったさまざまな定食や丼、ラーメンなどをメニューにして提供していました。震災前は宴会用の席もあったので、20人〜30人程度の宴会も受け付けていました。メニューの中には、例えば10月からカキラーメン、カキフライ、カキ鍋、3月からアサリ定食、6月からシャコ丼、7月からウニ丼9月からハモ丼などなど、季節限定のメニューが人気でしたし、開店当初から提供している、地元で捕れた魚のアラ汁がついたホルモン定食も、遠方から食べに来るほど人気がありました。

 

-被災の状況をお聞かせください。

 地震の時は調理場にいて調理中だったのですが、店内には3人のお客さまが居ました。幸い全員怪我がなかったのですぐに店を閉め、調理に欠かせない「水」の確保をしていたのですが、消防の広報車が避難を呼びかけていたので車で内陸を目指して避難しました。しかし車ごと津波に襲われ流され一時は死を覚悟しましたが、車の後部硝子が割れていたのでなんとか車外に脱出し、妻を車から引き出して、目の前に浮いていた車や漂流していた材木を渡り歩いて一階が浸水している民家の2階にたどり着き九死に一生を得ました。翌日自衛隊にヘリで救出されて上空から自宅と店舗を見たのですが、もう何も残っていませんでした。
 

-仮設施設の入居申し込みをされたのはどのようなお考えからですか。

えんまん亭
 私は震災で肋骨にヒビが入り、妻はペースメーカーを入れていましたし、年齢的にも店の再開に関してはいろいろと考えるところもあったのですが、避難所で体を休めている時に、商工会から仮設店舗の話があり、息子が「店を再開したい」と言ったので申し込みました。私たちの力では自立は無理で、商工会、東松島市商工観光課、中小企業基盤整備機構の方々の力添えを感謝しております。

 

-仮設施設に入居し営業を再開されてどのようなお気持ちですか。

 店を再開したいといった息子も精力的に働いていますし、なにより私たちもずっと働いてきた体なので、働いていること自体が喜びでもあります。この場所は仮設住宅に隣接していますから、そこからのお客さんも来てくれますし、前の店舗の常連さんも懐かしがってきてくれたりします。そうしたお客さんの顔を見るだけでも懐かしいですし、毎日のお客さんとの会話の中で心が穏む想いです。ここを基盤にこれから再建できるように努力していきたいと思っています。
 

-今後の展望、将来に対するお考え等をお聞かせください。

えんまん亭
 希望や将来に対して、震災前の状態に戻れないという不安は感じていますが、とりあえず働いていくしかないと思っています。ただ、いつの日か以前の店舗で営業を再開することができたらうれしいですね。えんまん亭という名前は来てくださるお客さまが「えんまんに過ごして欲しい」という思いからつけました。この店に来て笑顔になっていただき、来て良かったと良い思い出になるような店にしたいと思ってこれまでやってきました。これからもその思いは変わることはありません。

 

 

【入居仮設施設】

平成23年12月9日取材

企業データ

住所:宮城県東松島市大曲字堺堀13番5 復興仮設店舗 堺堀
名称:えんまん亭(飲食店:麺類、丼類)

 

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