コンテンツへ

山福(大船渡市)

-被災前の営業はどちらで行われていましたか。

山福 山崎等様山福 山崎等様
 国道45号線沿いの大船渡商店街で、貸店舗の1階に店を構え、昭和57年から妻と二人で寿司屋を営んできました。店は古くからのなじみの方やご家族連れ、また近所の出前などで地元の皆さんに利用して頂いていました。

 

-被災の状況をお聞かせください。

 自宅がつぶれるかと思うほどの、今までに経験したことのない強く激しい揺れでした。妻は近くのスーパーに買い出しに行っていましたが、やはり危険を感じすぐさま戻って来ました。間違いなく津波が来ると感じました。4日後店の確認に行きましたが、きれいさっぱりと言うか、本当に基礎を残し跡形も無くなっていました。
 数日間、店の何かが残っていないかと思い近辺を探し歩きましたが、自慢の檜のカウンターはもとより、何も見つけることが出来ませんでした。数日後、やっと店の湯飲みを2つ見つけました。店の思い出として残ったのは、その湯飲みだけです。
 

 

-仮設施設の入居申し込みをされた時のお考え、希望などお聞かせください。

山福
 店のものを何もかも失ってしまい自分で生きていくのもままならないと思いました。また、市内のガレキの山を見た時は、大船渡の町はもうないなと思い、川崎市に住む息子の所に行くつもりで、友人たちに大船渡を離れると話していました。
 しばらく瓦礫撤去の手伝いをしていましが、瓦礫が減り少しずつ町がきれいになって行くにつれ、やはり自分が生まれ育った大船渡で暮らして行くのが一番だと、改めて強く思いました。ただ、全てを失った中、どうすれば食べていけるんだと悩んでいました。6月に飲食組合の集まりで仮設店舗の話を聞き、条件面でも組合員は優先的に入居できると話され、それであれば自分の腕で再度やってみようと思い、翌日すぐ申し込みました。

 

-仮設施設に入居されたきっかけとなったお考えを実現出来ていますかお聞かせください。

 一時大船渡を離れる決心もして、再開できるとは思っていなかったので、町に残れ、屋台村に入居でき、再び店を構えられることに、うれしく感謝しています。設備面でも多くの支援を頂き、店に足を運んでくれるお客さんも日々増えています。

 

-今後の展望、将来に対するお考え等をお聞かせください。

山福外観
 仮設店舗入居の期限は決まっているので、3年後くらいには友人の土地を貸してくれる話もあり、そこで店を構えたいと考えていますが、実際その時になれば、どうなるか分かりません。今は、今日を頑張ろうの積み重ねだと思って、すしを握っています。まわりに多くの店が集まり、みんなの頑張っている姿を見て、自分も頑張らなければと思い、新鮮さを感じて仕事をしています。
 

 

 

【入居仮設施設】

平成24年3月5日取材

企業データ

住所:岩手県大船渡市大船渡町字野々田19-1
名称:山福

 

らーめん伝