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津田写真時計店(宮古市)

-被災前の営業はどちらで行われていましたか。

津田写真時計店 津田重雄様 津田写真時計店 津田重雄様
 先代が昭和8年から田老町内で商売を始めましたが、現在の45号線沿いの2階建ての自宅兼店舗に移転したのは25年前です。卒業アルバムや、節目節目の記念写真撮影・プリント、併せてカメラ・時計・めがね販売を、私と妻、従業員と3人で営業してました。

 

-被災の状況をお聞かせください。

 地震発生時は、町内を営業中で車を運転していましたが、まるで車が横転するのではないかと思うほどのすさまじい揺れでした。地震が収まってから急いで店に戻ったところ、妻は片付け、従業員はプリントの作業をしていましたが、停電になったので3人で高台へと向かいました。
 途中、妻が忘れ物をしたから戻りたいと話しましたが、聞き入れることなく車を前に進めました。実際、私は津波を見ていませんが、見ていた人の話では、津波の高さもすさまじく津波が店のまわりで大きな渦を巻いていたとのことです。
 翌日、家を見に行ったのですが、本当になにもなくなっていました。家も、1000万円以上するプリンターもなにもかもがなくなっていて、現実を突きつけられ、この先どうなるんだという思いだけでした。
 

-仮設施設の入居申し込みをされたのはどのようなお考えからですか。

津田写真時計店
 避難所生活が始まり、この先どうなっていくのか、生きてゆくために何かしなければと考えたものの家も流されまして、新たに設備の購入などできるはずもなく、将来が真っ暗に思えて来るばかりでした。
 そうこう考えているときに、テント販売を始めるとの話が出て、避難所で生活している人達にも、絶対必要とするものがあるはずだと思い参加しましたが、テント販売はなかなか思うように商品陳列が出来ないことと、夜は全部持ち帰らなければならないため、最小限の商品販売で思うように商品がさばけず、はたしてこれで食べていけるのだろうかと、思いがつのるばかりでした。
 ただ、テント販売の様子が全国放送されて、見ていた一般の方から、再開を考えてるのであればこちらを使って下さいと、時計修理工具、七五三と成人式用の衣装が送られてきたときは、本当にうれしい思いで、本気で店の再開を決めましたが、ある程度の形を付けるにはやはり自分の店を構えることが最大の課題でした。
 そんな時、本当に天からの話のように宮古市と中小機構が協力して仮設店舗を貸してくるとの話がでて、まっ先に申し込みました。

 

-仮設施設に入居し事業を再開されて、どのようなお気持ちですか。

 新店舗では、思うように商品の仕入れや陳列が出来ませんが、店が再開できてこの上にない喜びを感じました。こういった形(仮設店舗入居)で世話になり、自分らだけが再開できて本当に良かったのか、はたして、この恩は返せるのだろうかと思いましたが、少しでもみんなの役に立つ仕事をして恩を返したいと考えています。
 生きていれば辛いこともありますが、今回のようにまた1から出直すことも出来ます。中小機構さんを始め、ご尽力頂いた方々に、感謝しています。

 

宮古市 たろちゃんハウス

-今後の展望、将来に対するお考え等をお聞かせください。

 自分としては、復興の足がかりは出来たと思いますが、町はまだまだこれからです。商売をしながら、町の人達にも元気を与え、また元気な田老でみんなと暮らせるようにと願っています。そのためにも、商いを通して元気も付けてあげようと考えます。また、ふるさと田老の町で営業をしたいと思います。
 

【入居仮設施設】

平成23年12月12日取材

企業データ

住所:岩手県宮古市田老向新田149番4(グリーンピア三陸みやこ敷地内)
名称:津田写真時計店

 

 

田老ガス