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Yショップはこいし(宮古市)

-被災前の営業はどちらで行われていましたか。

Yショップはこいし 箱石英夫様Yショップはこいし 箱石英夫様
 田老町内の45号線沿いで防波堤の外側50メートル位のところに自宅兼店舗の建物で、昭和8年頃から酒・食品販売を営み、その後、コンビニ形態にして私と妻、娘の3人でやっていました。お客さんはほとんどが町内の方々ですが、国道を行き来するドライバーの方々にも利用されていました。

 

-被災の状況をお聞かせください。

 地震の時は店にいましたので、商品は崩れるは、瓶類は床に落ち壊れるし、今までに経験したことのない大きな揺れでした。とりあえず、妻と娘は避難させ、自分は消防団員だったので、近所のみなさんを避難させてから高台へと向かいましたが、高台から目にしたものはまさに地獄絵図そのものでした。もう、言葉もなく、まさかまさかとの思いだけでした。目の前で自分の家が流されていたので、残っているかどうか確認するまででもありません。全てを波にのまれたのですから。
 

-仮設施設の入居申し込みをされたのはどのようなお考えからですか。

Yショップはこいし
 避難所生活が始まり、これからどうして暮らしていくかと考える日々でした。田老を離れよそで仕事を探そうとも考えていました。避難所では高齢の顔見知りの人も数多くいましたので、なんとかみんなのために役にたてないものか、それじゃ、なにが自分にできるんだと考え、やっぱりまた店を興したいと感じてきました。
 仮設住宅が出来それぞれの生活が始まりましたが、そこで暮らす人達が必要とするものは、まだまだ不足しているため、早くみんなのためにも店を再開したい、しかし、なかなか候補地を探せず悩んでいたところ、宮古市と中小機構が仮設住宅と同じ敷地内に仮設店舗を建てて貸してくれるとの話があり、願ってもないチャンスだと思い、再び店を構えることができると期待して応募しました。

 

-仮設施設に入居し事業を再開されて、どのようなお気持ちですか。

 もう同じ場所(田老)では無理だと思いあきらめていましたが、やはり、住み慣れたところで再開できて、自分らの今後も見えてきましたし、いままで顔見知りだった方々と顔を見合わせて商いが出来ることに、本当に感謝しています。仮設住宅の皆さんにも喜んで利用して頂いています。

 

-今後の展望、将来に対するお考え等をお聞かせください。

宮古市 たろちゃんハウス
 再開して商品を提供するだけではなく、以前の様に顔を見ながら言葉を交わして、接することが商いには欠かせないことだと、改めて感じたところです。この地区は1人暮らしの高齢者の方も多いので、そんな方々の様子も見ながら続けて行こうと思います。
 今後の新移転先はコミュニティの広場のような所(田老)で、また、みんなで集まって商売をしたいと考えています。
 


【入居仮設施設】

平成23年12月12日取材

企業データ

住所:岩手県宮古市田老向新田149番4(グリーンピア三陸みやこ敷地内)
名称:Yショップはこいし

 

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