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アトリエ金と銀(釜石市)

-被災前の営業はどちらで行われていましたか。

アトリエ金と銀 山崎詔子様アトリエ金と銀 山崎詔子様
 釜石市大町商店街で、18年前から営業を始めました。鉄筋3階建の1階で貴金属・宝石の販売、加工・修理、洋服、雑貨の販売を従業員3人で行っておりました。また、同じフロアで夫は音楽教室をやっていました。

 

-被災の状況をお聞かせください。

 地震後、かたづけをしていましたが、危ない逃げろという叫びで、急いで高台に避難した約2分後に津波がきました。津波はニュースで放送されてる様な早さではなく、実際ものすごいスピードで押し寄せて来て、あっという間に町中を破壊してしまい、その光景は現実的ではなく、まるで映画の1シーンを観ているようでした。
 その時点でもう何も無くなってしまうと感じ、同じ場所での再開は出来ないと、とっさに感じました。店を確認に行ったのですが、2階まで波が入り込み瓦礫などが散乱して少しでも商品が残っていればとの期待もありましたが何もありませんでした。津波により高額商品もほとんどなくなり、今後の再開などより、生きるための生活保護受給まで考えました。
 

-仮設施設の入居申し込みをされたのはどのようなお考えからですか。

アトリエ金と銀
 避難所生活をする中で、常連のお客さんから、いつからはじめるのと一人、二人と日に日に声をかけられました。絶対無理だと思っていたにもかかわらず、お客さんが望んでるのであれば少しでも役に立ちたい、そして、自分のためにも何かにしがみついて、生きていかなければならないと思い、再開を考え始めました。
 それからは市役所に、どこか候補になる場所がないかと、足を運びいろいろ相談しましたが、なかなか思うような場所は見つかりませんでした。そんな矢先、中小機構から仮設店舗の案内があり、これだったら自分の希望が実現できると思い、1番始めに手を挙げました。申し込んだら、また商売が出来ることを考えると、本当に希望がわいてきました。

 

-仮設施設に入居し事業を再開されて、どのようなお気持ちですか。

 仮設店舗で営業を再開でき、やっと暗闇から灯りが見えてきた思いです。以前の商品と同等な金額の商品ではなく、手軽に求められる商品販売で始めました。仮設住宅のそばで思うように商売が出来るか不安でしたが、意外とみなさんに必要され、商売になり、ありがたく思っています。
 やはり、女性は内面もそうですが、着飾ること、装飾品を身につけることで、元気が出てくるものだと改めて感じました。自分も避難所3カ月、仮設住宅3カ月の生活では精神的にめげそうにもなっていましたが、仮設商店街ができ、交流が生まれてきたことでお客さんの心にも、自分の中にも少しずつ元気が出てきたのではと感じています。商品を販売するとともに、同じ被災者としてお客様の気持ちも元気にさせたいです。

 

-今後の展望、将来に対するお考え等をお聞かせください。

復興天神15商店街
 もうだめだと思っていた私には、再開ができて、本当に180度の転機でした。私より先に再開したいと思ってた人や、これから立ち上げようと思ってた人より、いち早く事業再開ができ本当に釜石市と中小機構に感謝しています。暗闇の中から大きな灯りの見える場所ができ、先が少し見えてきました。現在の仮設店舗は予想以上に忙しいですが、仮設店舗から出た後はお客さんが集まるところで商売をしたいです。しかも安全な場所で。
 

 

【入居仮設施設】

平成23年12月14日取材

企業データ

住所:岩手県釜石市天神町5番17号
名称:アトリエ金と銀 

 

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