コンテンツへ

ヘアーサロンハシバ(釜石市)

-被災前の営業はどちらで行われていましたか。

ヘアーサロンハシバ 橋場光恵様ヘアーサロンハシバ 橋場光恵様
 鵜住居町内の自宅兼店舗で両親と私の3人で理容業を行ってきました。両親の代から始めましたので、現在47年目です。町の床屋さんといった感じで営業していました。父は71才になりますが、店に立っているときは、ハサミもカミソリもしっかりと動かし、お客さんと世間話をしながら散髪をしています。

 

-被災の状況をお聞かせください。

 店で今までに感じたことのない、ものすごい揺れを感じました。浜からは結構離れているので、津波が来ても大丈夫だと思っていました。余震のたびに出たり入ったりを繰り返している時に、外を通る車から逃げろという声に慌てて避難場所へと急ぎました。走っているときに、そばの川から波が溢れて来るのが見え、娘の手をさらに強く握りしめ、何とか避難場所へとたどり着きましたが、避難場所から目にする光景は信じられませんでした。悲しいことに、自宅が波にのまれる光景が、いやでも、私と娘の目に入ってきました。
 津波後、改めて自宅を確認に行きましたが、2階の部屋はかろうじて残っていましたが、一階部分はどこに流れていったのかと思うほど、なにも残っていませんでした。現実を自分の目で確認して、まさか嘘だろうと愕然としました。
 

-仮設施設の入居申し込みをされたのはどのようなお考えからですか。

ヘアーサロンハシバ
 これからどうすればいいのかと、あれこれ考えながら、避難先で暮らしていたとき、市内の理容組合からボランティアで、避難所に行かないかと声をかけられました。ハサミとクシを手にして髪を整え、避難所の皆さんに喜んでもらったとき、やっぱり私にはこの仕事が1番あっているんだなと感じ、また店をもって再開したいという強い気持ちが湧いてきました。
 それからは、再開しようと近くの土地を何カ所も探しましたが、なかなか思うような場所が見つかりませんでした。今の状況では、自分が希望する場所はないんだろうと、思い悩んでいましたところ、自分が住んでいる仮設住宅の近くに、仮設店舗を建てて釜石市と中小機構が協力して貸してくれるとの話があり、即申し込みしました。やっと自分の店でハサミを持てると思ったときは本当に嬉しかったです。

 

-仮設施設に入居され、希望を実現できていますか。

 店舗を借りられるのが決まってからは、建設中に何度も何度も足を運び、まだかまだかと待ち望んでいました。基礎ができてからは思ったより早い完成でした。
 なにより以前のようにお客さんと会話ができて、仕事が再開できたのがうれしいです。70代の両親も仕事をせずに仮設住宅に暮らしていた7ヶ月間はぼんやりしていて、大丈夫かなと思っていましたけど、ハサミを持つようになってからは以前のように元気になり、いい時期に再開でき本当に良かったです。

 

-今後の展望、将来に対するお考え等をお聞かせください。

ヘアーサロンハシバ
 全国の理容組合員の皆様から多くの支援をしていただいたので、これからは、お客さんとの絆を大事にして、以前のように店をまた持ちたいです。
 

 

 

企業データ

住所:岩手県釜石市鵜住居町第3地割7番地2
名称:ヘアーサロンハシバ 

 

善助屋食堂