コンテンツへ

食彩工房(陸前高田市)

-被災前の営業はどちらで行われていましたか。

食彩工房 齊藤政英様食彩工房 齊藤政英様
 事務所・工場は平成14年から国道45号線の高田松原海岸側で、一般家庭向けの昼食弁当と、独居暮らしの方々への夕食弁当供給、および冠婚葬祭・宴会等の仕出し料理を従業員20名で行っていました。
 また、高田松原海水浴場内にある海浜館は平成20年から営業。一階はその日とれた食材を活かした、磯ラーメン・海鮮料理を提供する食堂、夏場の海水浴シーズンは、イカのぽっぽ焼きやホタテ焼きなども提供して、県内外のお客様にも、新鮮な食材を提供して喜んでいただいていました。2階は100畳ある大広間で各種宴会・冠婚葬祭などで、地元の皆さんに広く利用されておりました。そして平成21年から気仙町の川沿いにコンビニスーパーを営業しておりました。

 

-被災の状況をお聞かせください。

 地震発生時は、自分も食彩工房の厨房に立ち、夜の仕出しの準備をしていました。いままでにない揺れで、間違いなく津波が来ると思い、本来であれば社用車をいったん移動させて、それからの避難と言うマニュアルでしたが、今回は、まず全員避難させなければと高台へと急がせました。海浜館の従業員もただごとではない揺れに自主避難して無事でした。自分も従業員の移動を確認した後、とるものもとらず避難しましたが、5メートル位の高さの津波であれば何とかなると、かすかな期待は持っていました。
 その後、建物の確認へと工場の近くまで行ってみましたが、高田松原の松がご存知の様にすべて流失した中、同じ場所にあった事務所・工場・海浜館は跡形もなくなっていました。自宅もコンビニも全て流されてしまいました。
 

-仮設施設の入居申し込みをされたのはどのようなお考えからですか。

食彩工房
 全てを失い、残ったものは債務だけで、復興の意志が全く無い状態のとき、たまたま目にした中小機構の仮設店舗整備事業の広報を目にして、もしかしたらこの支援事業のおかげで従業員の再雇用と、震災前の事業が営めるかもしれないと思い、暗闇から一点の灯りが見えてきた思いで、すぐ申し込みました。
 エントリー後、期待が持て山沿いに準備事務所を開設し、候補地の地権者さんの同意取付など再開に向けた準備を始めました。広報を見なければ事業の再建は出来なかったと思っています。

 

-仮設施設に入居され、希望を実現できていますか。

 全て実現できております。ここまで整備された仮設店舗を造っていただき陸前高田市と中小機構に本当に感謝しています。お陰様で現在のところ当社は順調です。今の忙しさが続けば、予想以上に早く自社店舗の実現も可能なような気もしています。
 また、一緒に立ち上げた元気会のメンバーたちも順調のようです。昼時や休みの日には駐車場が満杯になることもあり、近郊の土地を借受して追加の駐車場も検討しています。
 

-今後の展望、将来に対するお考え等をお聞かせください。

食彩工房

 震災後、事業の再開はできないと諦めていましたが、いまは、前向きに次の新しい事業も考えるまでになっています。今後、市全体が復興していく中で、先頭をきってスタートした元気会として、次のテーマは各店舗を回遊できる外屋を整備することと、ロードサイドに入店社の看板塔および街頭の整備等を実施し、さらなる営業の強化を図りたいと夢を描いています。

 

 

 

【入居仮設施設】

平成23年12月14日取材

企業データ

住所:岩手県陸前高田市米崎町字松峰
名称:食彩工房

 

四海楼