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四海楼(陸前高田市)

-被災前の営業はどちらで行われていましたか。

四海楼 長田正広様四海楼 長田正広様
 26年前から店は始めました。15年前に、現在の陸前高田市内の市民会館裏手に2階建ての自宅兼店舗に移転して、両親、私たち夫婦の4人で切り盛りして来ました。
 1階の店舗はテーブル席30席と奥に小上がりを設け、中国料理と麺を中心に市内の常連さんはもとより、遠方のお客さんにも足を運んでもらっていました。開店前都心部で腕を磨いてきた父の中国料理は好評で、特にエビチリ、麻婆豆腐は1番人気でお客さんにも喜んで食べて頂いていました。

 

-被災の状況をお聞かせください。

 地震の時は休憩中で外出していました。ただごとではない揺れにすぐ自宅に戻り、家族をいち早く高台へと避難させました。自分は少し店の片づけでもしてから、近くの避難場所へと思っていましたが、向かいの旦那さんが、大きいの(津波)が来るかもしれないから、高台へ逃げた方がいいぞと言われ、当初の避難場所から高台へと急いで車で向かいました。旦那さんが言ったとおり最初考えていた避難場所は波にのまれてしまい、旦那さんのおかげで危うく難を逃れました。ただ、当の旦那さんは、俺は2階に逃げるからと言っていましたので…。
 4日後に自宅を確認に向かう途中、町は高い建物をいくつか残すだけで、何もなくなってしまい信じられない光景でした。自宅もきれいさっぱり跡形もなく基礎だけ残すのみで、まさかうそだろうとの思いに、すぐには現実として受け止められませんでした。

 

 

-仮設施設の入居申し込みをされたのはどのようなお考えからですか。

四海楼

 数ヶ月後、常連さんからあれ食べたいから早くやれと言われたこともあり、自分としても早く鍋を振りたいという気持ちにも駆られました。また店をとの思いはありましたが、様々なハードルがあり自問自答の日々でした。
 そんな時、中小機構から仮設店舗の話があり、もしかしてやれるんじゃないかと思い、真っ先に申し込みました。一度は全てを失いましたが、幸い家族は無事だったし、どうなるかはわからないが、いずれはやらなきゃならないことだと、このとき決心しました。話があったときは本当にありがたかったです。
 それからは、子供達も食器の色や形を選んでくれたりと、明るく元気になってきましたし、なにより自分がまた店が持てるとの思いで、夜中に目が覚めると、店のレイアウトは、厨房の配置はなど嬉しくて、朝まで考える日もありました。

 

-仮設施設に入居され、希望を実現できていますか。

  自分は厨房に立つのが1番合っているんだなと、つくづく感じ本当に嬉しいです。
 また、自分らが調理した料理をお客さんに食べてもらい喜んでもらったときは、本当にうれしいです。なにより、仮設住宅で暮らしていたときは父親もだいぶ参っていましたが、厨房に立つようになり元のように元気を取り戻しましたし、子供達にもすこし笑顔が戻ってきました。本当に店が再開できたことに感謝しています。

 

 

四海楼

-今後の展望、将来に対するお考え等をお聞かせください。

  店を再開できて、以前の生活に少し戻れたように感じています。
 昼時などは、行列ができることもあり、ある程度、将来の計画性も見えてきたような気がします。いまは麺中心で営業していますが、早く以前と同様の料理をお出しして、お客様に喜んで満足してもらいたいと思ってます。いずれはまた自分の城を持つことを目標にがんばります。

 

【入居仮設施設】

平成23年12月14日取材

企業データ

住所:岩手県陸前高田市米崎町字松峰
名称:四海楼

 

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