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ホクエイ企画(南相馬市)

-被災前の営業はどちらで行われていましたか。

ホクエイ企画 松本静江様ホクエイ企画 松本静江様
 南相馬市小高区で、メーカー発注の婦人服、ブラウスやパンツ、帽子など幅広く縫製加工の仕事をして、15年ほどになります。

 

-被災の状況をお聞かせください。

 自分の住んでいた地区は津波の被害もひどかったのですが、自宅は高台にあったので幸いにも難をのがれました。地震直後はライフラインがとまり、道路もひどい状況でしたが作業場は無事でしたので、4月22日に小高地区が警戒区域になり立ち入りができなくなる前に、とにかく家財道具はさておき、商売道具のミシンを持ち出そうと思いました。
 ミシンと場所さえあれば必ず仕事が出来るという強いおもいがあり、友人宅の納屋に運ばせてもらいました。今考えると本当におかしいのですが、何よりも自分にとってはミシンでした。
 

-仮設施設の入居申し込みをされたのはどのようなお考えからですか。

ホクエイ企画
 小高町商工会と綿密に連絡をとりあっていて、南相馬市と中小機構が支援してこの仮設施設が開所する話を聞いたときはすぐに申し込みました。それまでも民間の場所を借りて再開していたので、何度目かの引越しになりました。仮設工場が思ったより広い場所でびっくりしました。ゆとりを持って仕事にあたれています。震災直後は放射線の問題もあり、メーカーよりいったん返品といわれ、預かっていた製品を小高では運送も滞っていた状態だったので、相馬の運送屋に頼んで送りました。「状況が落ち着いたら仕事を発注する」とメーカーには言われていましたが、「放射線の線量はどうなっているのか、実際のところ数字で表してほしい」とも言われ、独自に放射能を計る機械を買い測定し、書類としてつけて信頼を得て仕事をいただきました。

 

-仮設施設に入居し事業を再開されて、どのようなお気持ちですか。

 埼玉に避難していた従業員に「仕事がしたい、早くもどって欲しい」と呼びかけ、従業員が戻ってくれたので、娘をいれて3人で今が踏ん張り時と思って仕事をこなしています。ブラウスや、帽子など春・夏物の仕事もスムーズにいただいているので、頑張らなくちゃという気持ちになっています。やはりミシンを踏んでいると落ち着きますね。

 

南相馬市信田沢地区仮設工場

-今後の展望、将来に対するお考え等をお聞かせください。

 製品をきれいに仕上げることを重視してメーカーの信用を第一に、小高区にいずれ戻れる日を信じて、戻ったときにいい仕事ができるようにと思ってやっていきます。
 現在、仕事を受けているメーカーからは、震災、円高の影響があり、これからのアパレル業界は先がみえない状況だとも言われています。他のメーカーの仕事の開拓や、自社でも何かできないか今後に向けて模索していきたいと思います。
 


【入居仮設施設】

平成23年12月15日取材

企業データ

住所:福島県南相馬市原町信田沢字信田沢328番3
名称:ホクエイ企画

 

高野理容室