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高野理容室(南相馬市)

-被災前の営業はどちらで行われていましたか。

高野理容室 高野澄枝様高野理容室 高野澄枝様
 南相馬市鹿島区鴉崎、海から歩いて2、3分のところで、私とおばあちゃんと息子の3人で理容業をやっていました。

 

-被災の状況をお聞かせください。

 その日は店でお客さんもいました。息子は消防団にも入っていたので、すぐに堤防を閉めにいきました。私は孫とおばちゃんを連れ近くの小学校に避難しました。津波で、自分の家も店もなくなり、私だけでなく、地区の多くがたくさんの被害を受けました。震災後家族は、福島市から山形へ避難、その後、息子夫婦は埼玉へ、私たちは二本松、おばあちゃんは鹿島区の親戚と3箇所に別れての避難になりました。仮設住宅に入ったのは、8月でした。地区のみんなとは連絡がとれていなかったので、一時は家族みな行方不明に思われていたようで、みんなに心配をおかけしました。
 

-仮設施設の入居申し込みをされたのはどのようなお考えからですか。

高野理容室
 山形に避難している時に、商工会の知り合いの方から南相馬市と中小機構が仮設店舗を建設する話を聞きました。今まで店は息子、おばあちゃんと3人でやっていたのではたして、この仮設店舗で自分ひとりでやっていけるかとても不安でした。でも収入もない状態が続いていたので、とにかく何かして生活を立てていかなければならない、やるしかないと思い入居させていただきました。

 

-仮設施設に入居し事業を再開されて、どのようなお気持ちですか。

 地区の160軒あった家のうち150軒が津波で流されてしまいました。仮設住宅で暮らしながら、そこからも馴染みのお客さんが来てくれるので本当にうれしいです。おじいちゃんの代からのお客さんも来てくれています。お客さんが集まり、話をするだけでお互いが励まされ、みんなの心の拠り所となっているようです。また、ここに来ると、「だれだれはどこどこにいるよ」など誰か彼かの話が聞け、「元気でいるんだね」など近況がわかり、それぞれの情報交換の場ともなっています。仕事をしていると、余計なことを考えず、前を向いていけます。

 

-今後の展望、将来に対するお考え等をお聞かせください。

高野理容室<かしま福幸商店街>
 いずれ可能なら、以前どおり、住宅兼店舗を作ってそこで家族みんなでやっていけたらいいなと思います。
 


【入居仮設施設】

平成23年12月15日取材

企業データ

住所:福島県南相馬市鹿島区西町
名称:高野理容室

 

石井食堂