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相馬ブレード(新地町)

-被災前の営業はどちらで行われていましたか。

相馬ブレード・藤田修様相馬ブレード・藤田修様

 福島県新地町の浜沿い北畑というところです。浜から50メートル位のところでした。金属製品の加工業で、自動車のターボ部品・ターボチャージャーや航空機のエンジンターボ部品の研磨がメインです。

 

-被災の状況をお聞かせください。

 3月11日の地震による大津波ですべて流されてしまいました。当日は工場もちょうど稼動中でしたが、地震が起きてからすぐに避難勧告をだして従業員全員を避難させました。地震後1時間ほどで津波が来ました。避難場所を決めていたんですが、そこに社員1名が現れませんでした。誠に残念なことに、会社の裏にあった自宅にもどったため、津波にあい、家族4名共流されてしまいました。
 現在の状況は、工場の一部が陥没、一部が土砂で埋まっている状態です。自宅も流されてしまったので、避難所を経て、現在、仮設住宅から工場へ通ってきています。
 

-仮設施設の入居申し込みをされたのはどのようなお考えからですか。

相馬ブレード
 津波で納品前の品もみな流されて、取引先にも大変迷惑をかけたので、お詫びに伺った所、「ぜひまた工場を再開して製品を作って入れてほしい」という要望がありました。私も従業員の生活を支えていくためにも、もう一度がんばろうと思い「再建します」と申し上げました。仮の工場を5月12日に立ち上げ、並行してこの仮設施設の入居の話が持ち上がり、資金もなかったため、本社兼事務所として貸していただきました。とてもありがたいことで新地町と中小機構に感謝しております。

 

-仮設施設に入居され、希望を実現できていますか。

 現在社員数は29名、震災以前は24名でしたが、5名増やしました。雇用に力を入れるのは企業の責任とおもいます。
 この区画の仕様では、まだまだ有効活用には難しい部分もありますが、弊社としては今後自立できるようがんばっていきたいです。
 

-今後の展望、将来に対するお考え等をお聞かせください。

相馬ブレード・藤田修様
 震災以前と以後では私自身の考え方も変わりました。以前は企業の建前通り、利益本位、利益追求の姿勢でやってきましたが、今はこの地域と共に発展していきたいと考えるようになりました。来春に向けて機械も発注、新たな人員を配置し、工場の設備を整えていきます。被災している方がこの地にたくさんいらっしゃいます。5年先、10年先「ここにいてよかった」とみんなに言わせたいです。従業員の雇用を生み出し、人本位にやっていくことが企業の責任と思ってこれから事業を継続してまいります。

 

 

【入居仮設施設】

平成23年12月13日取材

企業データ

住所:福島県相馬郡新地町駒ヶ嶺字今神西1番15
名称:(有)相馬ブレード(事務所・工場)

 

山口特殊工業