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第5回 鼎談─気仙沼、本復旧の入り口段階に

復興へさらなる前進 宮城県気仙沼市

─商工会議所と中小機構の連携が奏功─

 国内屈指の魚のまち、宮城県気仙沼市。東日本大震災の津波により、漁業や水産加工、製氷業などの産業が壊滅的な打撃を受けた。復興に当たっては、中小機構と地元の支援機関、とくに気仙沼商工会議所との連携が効果的な支援を行う好例となった。震災から4年を経たのを機に、気仙沼商工会議所の菅原昭彦会頭、中小機構の守屋高弘東北本部長、渡辺進也復興支援アドバイザーの3者に、これまでの復興の歩みや、今後の気仙沼のまちづくりの方向性などについて語ってもらった。

【出席者】

菅原 昭彦氏 気仙沼商工会議所会頭
守屋 高弘氏 中小機構東北本部長
渡辺 進也氏 中小機構震災復興支援アドバイザー

 

菅原会頭(中央)、守屋本部長(左)、渡辺アドバイザー

鼎談に臨む菅原会頭(中央)、守屋本部長(左)、渡辺アドバイザー

8割の事業者が被災

菅原

 まず気仙沼市の被災状況から説明しますと、漁船を含め、冷凍冷蔵庫、水産加工場、製氷工場など水産関連の生産設備の被災が多く、当商工会議所会員の約8割が何らかの被災をしました。七十七銀行が産業連関表で試算したところ、被災直後の5月の市のGDP(域内総生産)は、震災前の半分程度まで落ち込んだということです。もちろん、産業だけでなく住宅も被災し、4年経ったいまでも、市民の8人に1人に当たる9000人が仮設住宅住まいです。私も市の復興計画づくりに震災の年の6月から参画していますが、最優先すべきは住まいの再建と早急な産業の復旧・復興であると考え、それに沿って4年間やってきたところです。
 現在はどうかというと、中小機構が建設した仮設商店、仮設工場で営業を再開したものの、本格的に事業を行う本設への移行はできていない事業者も多く、仮復旧と本復旧の間、本復旧の入り口の段階だと思っています。漁業の水揚げは昨年1年間で震災前に比べ75%程度まで回復していますが、今後100%までいくのは非常に難しいと思います。市役所から毎月発表される工業用水や産業用電力の使用量が震災前の6割程度となっていることから、設備の稼働は平均して6割程度まで回復していると推察されます。
 まだ復旧していない産業を早く復旧していくことがわれわれの使命ですが、水産関係は2つの大きな課題を抱えています。1つは販路の喪失で、事業者は震災後の長い休業の間に取引先がなくなってしまい、それを復活させるのは容易ではありません。

守屋

 もう一つの課題は何ですか。

菅原会頭

菅原会頭

菅原

 人手不足です。作れるようになったが販路が見つからないという話がある一方で、販路はあるが、人手がなくて作れないという話もあります。これは深刻で、気仙沼の有効求人倍率は平均2倍超、水産加工では3倍を超えます。やっと生産再開のめどがついても、人手が足りずに作れないという事態が起きています。建設業も2.2倍です。逆に、事務職は0.4〜0.5倍です。製造業に携わっていた人も、Uターンで帰ってきた人たちも多くが事務職を好むのですが、求人はどちらかというと労働集約的職種が多いというミスマッチが起きています。
 また、商業関係では、仮設施設で事業をしている人が、全員、本設で事業を再開しようとしているかというと、本設で施設や設備を復旧するためには借金をして再投資しなければならないことも多いですから、高齢の経営者の場合、これから借金をして何十年もかけて返済していくことは難しいのが現状です。実際、仮設の「気仙沼復興商店街 南町紫市場」の場合、40店舗以上が本設に移転する計画だったのが、ふたを開けてみたら30店舗以下でした。また、ある仮設商店街では10カ所の仮設店舗を5年間の期限で設けましたが、3年経って入居者とミーティングしたら、「5年以上いさせてほしい」というのが皆さんの意見でした。「仮設施設は早期の事業再開のため、応急措置として5年という期間で設けた。皆さんは本設で再開する気持ちはありますか」とお聞きしたのですが、「私は仮設で事業を終わりたい」という声も出ました。20代、30代の人なら本設での再開を望むのでしょうが、50代、60代となると悩まれるのでしょうね。とくに仮設で事業している人は個人事業者も多いので、後継者がいない人もいます。
 ただ、製造業はこの機会に地元に戻って後を継ぐという事例も出ており、まだ活力があります。それでも、製造業も今の環境変化を考えて、省力化、高度化をし、人手が足りないなら機械化する、商品が売れないならより高付加価値の商品を作るといったことをしなければ生き残れないと思います。現時点では復興関連の建設業などの人たちが入ってきてお金を使っていますので、何とか地域経済は成り立っていますが、その間に水産業をはじめとする産業を、きちんと復興させることが大きなテーマです。

全市町村を訪問

守屋本部長

守屋本部長

守屋

 中小機構の復興支援では、大きな柱が仮設施設の整備と復興支援アドバイザーの派遣です。当初はこの制度を知っていただくことと、被災地で実際にどんなニーズがあるかを探るため、太平洋沿岸の被災地域は全部の市町村を中小機構の職員が手分けして回りました。
 一つの大きな事業である仮設施設の整備については、中小企業庁や中小機構本部が震災直後の4月初めごろから被災地の方々と話をしながら進めたのですが、当時は行方不明者の捜索も続き、避難所暮らしの方々も多い中で、事業再開の話をすることは被災者の気持ちを逆なでするのではないかと私は心配していました。しかし、実際に被災地に入り、被災した事業者の方々と話をすると、仮設施設事業に強い関心を持っていただき、むしろ「もっと早く進めてほしい」という声をいただき、早めに話し合いを進めてよかったと思います。結果的に、中小機構は被災地で600カ所以上の仮設施設を整備しましたが、そのうち1割以上の65の事業が気仙沼市でした。「仮設がなければ事業をやめていた」という声も数多く聞いており、お役に立ててよかったと思っています。ただ、会頭のお話にも出てきたように、今後、本設に行く決断がなかなかつかない方も多くいらっしゃるようです。この点は今後どうなるかと私も心配しているところです。
 復興支援アドバイザーの派遣については、気仙沼の場合、商工会議所から平成24年2月に派遣の要請をいただき、グループ補助金(中小企業等グループ施設等復旧整備事業)の申請にあたり、グループごとの復興計画をまとめるお手伝いをさせていただきました。このときは中小機構のアドバイザーや職員も泊りがけで何日間もかかって具体的な支援をさせていただいたと聞いています。
 グループ補助金の活用を希望される事業者が400以上あり、多いときは一日に数人の震災復興アドバイザーが気仙沼に入りましたが、特筆すべきは、すべての事業者の方の相談に乗ることはできないので、間に商工会議所に入っていただき、アドバイザーが商工会議所の職員の方を支援し、会議所職員の方が事業者に直接支援する形をとったことです。これで効率的な支援ができたのではないかと思います。
 これを契機として、個々の企業からまた相談をいただけるようになり、会議所や商工会で定期的に相談する場をつくっていただいたこともあって、中小機構による気仙沼での4年間のアドバイザー派遣件数は1000件を超えました。これがお役に立ったのであれば、これに勝る私どもの幸せはないと思っています。

渡辺

 いちばん印象的だったのは、グループ補助金に関する事業計画策定のお手伝いでした。450社以上の企業を取りまとめる緊急のビッグプロジェクトでしたが、「1社でも多くの企業を復旧させる」という会頭の強いリーダーシップにより推進されました。事業者にはていねいな説明の機会を設け、同時に商工会議所の職員と中小機構のアドバイザーによる支援体制を構築し、国や県との調整のもと、優先順位をつけて取り組んだことが結果として、多くの事業者の採択につながりました。

職員がノウハウを共有

菅原

 復興補助金はみんな平等、公平が基本でしたが、気仙沼の産業構造を考慮し、早く復旧させるべきところは復旧させないと地域はだめになる、その優先順位をつけることに皆さんが理解を示してくれたことが大きかったですね。

渡辺

 会頭自らが多くの事業者や会議所職員の方々にビジョンを語り、共通の目的のもとで、高いモチベーションで取り組めたことが成果の要因だったと思います。支援体制についても、職員の方々が、一人何社と割り当てて説明して回り、そうした中で課題解決を要する案件については、中小機構のアドバイザーが後方支援するという新しい形の支援ができたと思います。

菅原

 その時の会議所職員の活躍はすごかったと思います。復興計画を全部一緒に出さなければならないので、例えばホワイトボードに日付を書き、どういうスケジュールで、いつまでにどういう役割分担で進めるかを明確にするようにしていました。課や担当を乗り越えてチームで仕事を進め、ノウハウを共有していく仕組みができていきました。その過程で、当会議所職員の事業計画策定や補助金申請方法などの経営指導能力が数段上がりました。

渡辺

 私たちにとっても、共通の目的、同じ目線で支援する側の仲間として関われたことで、コミュニケーション密度が高い、新しい支援スタイルになりました。

菅原

 そうした支援を続ける中で、会議所の職員は自分の役割が分かってきました。それまでは税務申告書類作成の手伝いなど事業者の背後にいることが多かったのですが、今回は職員が前面に出るという非常に貴重な経験になったと思います。

守屋

 昨年に小規模企業振興基本法という新しい法律ができ、小規模事業者を広く支援することになりましたが、中小機構の組織力にも限界があり、個々の企業への直接支援はなかなか難しい。そこで、中小機構は地域の支援機関のお手伝いをし、支援機関を通じて多くの企業を支援することに力を入れる方針となりました。その先駆けとなったのが、今回の気仙沼商工会議所との連携だったと思います。大変厳しい時期でしたが、会議所の方々を中心に地元がまとまってくれたおかげだと思っています。これは見本として、今後の参考にさせていただきたい。

 

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